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ミラノの日常 第2弾

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157日前

 
 
2月1日
Dio desidera che tutti gli uomini si riconoscano fratelli e vivano come tali, formando la grande famiglia umana nell’armonia delle diversità
神は、多様性の調和のなかで大きな家族を形成しながら、すべての人が兄弟が皆同様に暮らしていることを認識するよう望んでおられます。


2月2日
La vita consacrata è un grande dono di Dio: dono di Dio alla Chiesa, dono di Dio al suo Popolo.
奉献生活は、神からの偉大な贈り物です。 神から教会への、神からその民への贈り物です。


2月3日
Non dimentichiamoci mai di pregare gli uni per gli altri. La preghiera è la nostra maggior forza.
お互いに祈るのを忘れないようにしましょう。祈りは、私たちの最大の強みです。


2月4日
Agisci! Vivi! E davanti alla tua vita, alla tua testimonianza, qualcuno ti chiederà: perché vivi così?
行動しなさい。生きなさい。あなたの生き様に、あなたの証を目にして、誰かが尋ねることでしょう。「どうしてこのように生きているのですか?」

 
2月5日
Chi non crede o non cerca Dio forse non ha sentito l’inquietudine di una testimonianza.
神を信じていないか、求めていない人は、信仰の証言の不安さを感じていません。


2月6日
Diventare credenti significa imparare a vedere con gli occhi della fede.
キリスト信者になるということは信仰の目で見ることを学ぶという意味です。
 

2月7日
Ascoltiamo il grido di tanti bambini schiavizzati. Nessuno resti indifferente al loro dolore.
多くの奴隷の子供達の叫びに耳を傾けましょう。誰も彼らの痛みに無関心であってはいけません。


2月8日
Chi favorisce la tratta di persone è responsabile davanti a Dio. Preghiamo per la conversione dei cuori. 
人身売買に関わる人たちは、神の前では過ちを犯した人となります。彼らの心が回心されるよう祈りましょう。


2月9日
La speranza apre nuovi orizzonti, rende capaci di sognare ciò che non è neppure immaginabile.
希望はわたしたちに新しい地平を開き、想像すらできないことを夢見るのを可能にしてくれます。


2月10日
Stiamo vicini ai fratelli e alle sorelle che vivono l’esperienza della malattia, e alle loro famiglie.
病気と共に暮らす兄弟姉妹、または彼らの家族に寄り添います。
 

2月11日
Desidero incoraggiarvi tutti a contemplare in Maria, Salute dei malati, la garante della tenerezza di Dio per ogni essere umano.
皆さんが、病者の健康である聖母マリアの中に、人類すべてに向けた神の愛の確かなしるしを見つめることをお勧めします。


2月12日
La dignità dei bambini va rispettata: chiediamo che sia eliminata la schiavitù dei bambini-soldato in ogni parte del mondo.
子供の尊厳は、守られなくてはなりません。世界のどこででもおきている子供の奴隷化、兵士化は排除されなくてはなりません。


2月13日
Non poniamo mai condizioni a Dio! Fidarsi del Signore vuol dire entrare nei suoi disegni senza nulla pretendere.
決して神に条件を課さないようにしましょう。主に自らを委ねるということは、何も求めず、ただ主のご計画に従っていくことです。


2月14日
È bello sapere che il Signore si fa carico delle nostre fragilità, ci rimette in piedi con pazienza e ci dà la forza di ricominciare.
主が私たちの弱さを背負い、忍耐を持って止まり、また再び歩み始める力を与えてくださることを知るのは素晴らしいことです。


2月15日
La cultura dello scarto non è di Gesù. L’altro mi è fratello, oltre ogni barriera di nazionalità, di estrazione sociale, di religione.
使い捨ての文化はイエスではありません。他の国籍、社会的分離、また宗教によるあらゆる障壁を超える他者が私の兄弟です。



Papa Francesco ‏@Pontifex_it 
 
〜•〜•〜•〜•〜•〜•

先日のAngelus•お告げの祈りでは、パパ様は「うわべだけではなく本物のキリスト者であるように」ということで、「殺人」と「姦淫」に言及された。

通常の人ならば、では、自分には関係ないと思いがちだが、パパ様は、「殺人」は実際人を殺すことではなく、人間の尊厳全てを損なう行為にまで及ぶと付け加えらえた。いかなる小さな、悪意、侮辱、悪口さえも、人を傷つけ、時には立ち上がれないくらいの力を持つこともある。

また、「姦淫」とて邪な考えや思いが、実際の大きな罪につながることもあるという。あ〜、夫を「岡田准一くんだ!」と妄想することさえ罪なのね。苦笑  、であれば、全く罪を起こしていない人などいないことになる。

キリストは、ファリサイ派や律法学者たちの正義を上回る正義をもって、神の御旨を誠実に真心を込めて果たすよう教えている。

キリスト者の正義とは、形式主義にとらわれることなく、愛と憐れみにいかされていなければならないともおっしゃる。憐れみとは,人に対して,本人が受けるに値しないほど思いやり深い行いをすること。

「あなた方の父が憐れみ深いように,あなたかたも憐れみ深い者となりなさい。」(ルカ6:36)私たちも他の人々との関係において天の御父の示された憐れみの模範に従うことができる。自分の生活からおごりや高慢,うぬぼれを取り除くように努めることが...。他者の欠点に気付いても,憐れみの心を示し,敬意を表し,赦し,優しくし,根気強く接する方法を模索することができますように。




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ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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