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ミラノの日常 第2弾

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69日前

 

聖金曜日の典礼のもとにキリストの死の神秘を黙想し、十字架を礼拝します。イエスは、ご自分の霊を御父に差し出す直前、地上における生涯の最後の時に、「成し遂げられた」(ヨハネ19・30)といわれました。「成し遂げられた」というイエスのことばには、どんな意味があるのでしょうか。それは救いのわざが成し遂げられたという意味であり、聖書のすべての記述が、いけにえの小羊であるキリストの愛のうちに完全に成就するという意味です。イエスはご自分をいけにえとしてささげることによって、もっとも大きな悪をもっとも大きな愛に変えたのです。

今日でも、ただ信仰を告白するために自らのいのちを差し出す、真の殉教者が大勢います。それは奉仕です。血を流してもなお、キリストをあかしする奉仕です。キリストはわたしたちのために仕えてくださいます。キリストは最後までわたしたちをあがなってくださったのです。それが「成し遂げられた」ということばの意味です。わたしたちがどんな過ちや誤りを犯しても、またどんなによい行いをし、隣人を愛したとしても、生涯を終えるにあたり、皆がイエスのように「成し遂げられた」と言えるとしたら、それは何と素晴らしいことでしょう。イエスが言われたような完璧なものでなくとも、「主よ、わたしはできることをすべてやりました。終わりました」と言うことができたら 、どんなによいでしょう。十字架を礼拝し、イエスを見つめ、愛、奉仕、いのち、そしてキリスト者の殉教者について考えましょう。また、人生の終わりについて考えることも大切です。自分の人生がいつ終わるか知っている人は誰もいません。しかし、「御父よ、わたしはできることをすべてやりました。終わりました」と言えるように、主の恵みを願い求めることはできます。(2015年4月1日の教皇フランチェスコの一般謁見演説:聖なる過越の三日間より抜粋)


古代エルサレムでは、聖木曜日の夜はオリーブ山に集まって祈り明かした人が多かったという。皆は、明け方になってから町に帰り、ゴルゴダの丘の上に建てられた十字架堂に集まって、受難の朗読をピラトの尋問のところまで聞き、その後、昼間で十字架の遺物の崇敬を行った。正午から3時までは、その日に適した聖書の朗読に耳を傾け、さらに、疲れを知らない元気な人はその夜も復活堂に集まり、主の復活に希望をもって祈ったといわれている。 

聖金曜日は、そういった習慣から発展したものだが、単にキリストの受難と死を時間的な順を追って再現するのではなく、人類の歴史全体におけるキリストの受難と死の意味を思い起こし、復活への希望をもって十字架の勝利を賛美するものとなっている。

 

私も地元パロッキアでの「主の受難」の祭儀を終えてから、今度はyoutubeにてパパ様の「主の受難」とコッロセオでの「ヴィア•クルーチス(十字架の道行き)」を見た。

 

「主の受難」の祭儀でのお説教は、パパ様の霊的指導者でもあるカプチン会修道士であるカンタラメッサ(なんというお名前!”ミサ”を歌うという意味!)修道士によるものだった。ライブで観ながら、必死にメモを取ったが、ヴァチカンのサイトでは、イタリア語を始め、各言語の翻訳は随時アップする旨通知があったが、すごいことだと思う。しかも、毎年、聖金曜日に同じ部分のお説教をされておられるのだから、あらゆる角度からの視点に頭がさがるばかりである。

 

「キリストは物事を説明にしに来たのではなく、人々を変えるためにやってこられました。聖書にある”石の心”とは、『神の意志、また私達の兄弟たちの苦しみに心を閉じ、そして果てしないお金を積み、あなたの息子にいっぱいの水さえ与えることの出来ない絶望に無関心なままのことを言います。』『それは、もし、主のために生きるのではなく、自分自身のために生きるのであれば、神の使者の心であり、キリスト者の心であるとも言えます。預言者における神との約束で、肉の心は、すでに世界に存在しています。それは十字架に突き通されたキリストの心臓です。』」といって聖金曜日の受難に言及された。

 

その後十字架の崇敬が行なわれた。十字架と共に助祭が入場、祭壇に向かって進みながら、三度立ち止まり、十字架を掲げ示し、世の救い主キリストがつけられた十字架を見つめ、崇敬する。地元教会では、信者も続いて祭壇手前で横にされた十字架に頭を深く下げ、十字架上のイエスに一人ずつキスしていく。何百人もの人が、直接イエスの足や手の傷跡に唇を重ねる。そこはどうしても日本人的には、毎年拒否反応が出てしまい、唇に手を当てた指先で足と心臓の傷口に触れるだけにしておいた。苦笑

 

そして、十字架の道行きは、イエスが死刑の宣告を受けてから、十字架上で最後を遂げ墓に葬られるまでの過程を14の場面(留)に分けて黙想する信心業。黙想を助けるためのテキストは、今年はフランス人の聖書研究学者Anne-Marie Pelletierによって準備された。それは女性たちの存在、そして戦争や移民、家庭の苦しみや児童虐待などが浮き彫りにされていた。

 

いよいよ、復活の主日「復活の聖なる徹夜祭」を迎える...。


本日の「十字架の道行き」の式次第
http://www.vatican.va/news_services/liturgy/2017/documents/ns_lit_doc_20170414_via-crucis-meditazioni_it.html

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12265479285.html

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ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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