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ミラノの日常 第2弾

287日前

夏のオラトリオも終了し、空手の稽古も日本人学校のみとなり、週2回。寂しいわ〜。

 

週2回でも、1回3時間稽古。もう部活の世界。自分の限界に挑む。

「準備運動」

https://vimeo.com/224448597

 

空手バカ? 女武士道?

”No pain, no gain”

「痛みがない、得るものがない」ではなく、「痛みなくてし、得るものなし」つまり、「苦労なくてして、得られるものはない」。「虎穴に入らずんば虎子を得ず 」といったところだろうか?

 

パクって ”No Karate, No Life”

ところで、最近、漫画で「武士道」(新渡戸稲造)と「五輪書」(宮本武蔵)を読んだ。(漫画ですいません!)


個人的に武士道にみる女性観、女性像というのに非常に興味がある。武士道は自己犠牲の精神であるとか、女性には奴隷的服従を求めていたと聞くこともあるが、本当にそうだったのだろうか?

 

自分を捧げることは、損だと思えば犠牲だが、それを喜んですれば奉仕となる。自分の分をわきまえれば、決して自分が奴隷とは感じないだろう。「男女の差」も初めから肉体的にも違いがあるのだから、そういうものだと思って、例えば夫婦の場合、一心同体でお互いを信頼し、分業すれば個人の主張も少なくなるはず。(あ~私は、明治か昭和初期生まれか?!)聖書に書いてあることと同じだな...と思っていたら、「武士道」を書いた「新渡戸稲造」はクリスチャンであり、当時その「武士道」をよく評価し、理解したのは、やはりクリスチャンだったという。おー感動!


また、新渡戸稲造は、「家庭的であれ、そして女傑であれ」と言っている。

武家の若い娘は、感情を抑制し、神経を鍛え、薙刀を操って自分を守るために武芸の鍛錬を積んだという。けれど、それは戦場で戦うためではなく、個人と家の防衛のためだったという。凛として生きる女性は格好いい。全てにおいて覚悟が極まり、高潔な精神を感じる。「松のように強く、竹にように真っ直ぐに、梅のように気高く、女の操を守りなさい。」(杉本鉞子著「武士の娘」引用)操というのは、妻として嫁として母として、できる限りの努めをすると言うことらしい。

人間性を磨く質実な生活。女武士道に習いたい。

 

自分に秘めた可能性を引き出すためにも、この全国大会は大きな意味があることだろう。

あっぱれ女傑! 女は強し、母は強し。

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12288848033.html

289日前

 

無線LANが世の中に普及しだしてかなりの年数が経った。

イタリアは私が来伊した24年前は、電話会社はTelecom Italiaしか無かったが、あれよあれよ、とAlice, Fastweb, infostrada, TeleTu, Tiscali...と増え、現在21社がある。

 

日本のように電話会社と接続事業会社、いわゆるプロバイダーが別ということはないが、逆に家族や友人と一緒に利用すると得するサービスというのは特にない。強いて言えば、携帯電話がタダになる、とかTVをセットで...というのはあるが、我が家の場合、全く興味がないので、月額と使用できる容量のみを絞って調べていた。

 

ミラノにきて、一番はじめFastwebにしたが、雨が降れば電話は繋がりにくく、音は悪い、近所で工事があれば、通信は切断される・・・。初めに、申し込んだ人たちは、インターネットも安いパックに申し込もうものなら、毎回「これからインターネットを使います。」「今終わりました」などとあまりにも冗談のような一報を入れなくてはならなかったという。


コマーシャルでは、レーサーのヴァレンティーノ・ロッシやジョージ・クルーニーが起用され評判になった。

別の電気通信会社との競争もじわじわ激しくなり、パック料金も下がり始めたものの、値段に興味があっても、新規入会者ではないとだめ、とか途中で契約を変更するにも、あまりにも複雑で、得したのか損したのか分からない事もあった。

 

どうも、払いすぎている気がする...と思い、タイミングよくはいったTelecomの勧誘に乗り、Telecomに切り替えた。切り替える際、前のプロバイダーとのやりとりがスムーズに行ったつもりでも、管理部門と請求部門は違うので、ここでのやりとりがうまくいっていないと、請求書が永遠に送られてくる..という問題も発生しやすく、もめている友人の話はよく聞いていた。が、私の場合、気持ち悪いくらい(!)スムーズにいった。

 

次のTelecomでは、特にサービスが良かった訳ではないが、月額には、私の携帯電話の一ヶ月の使用量も含まれており、然も自動で更新され、(携帯電話の)月額10ユーロ分は半永久と謳われていたが、いきなり契約から外されることになった。(しかも結果オーライで何の連絡もなかった)結局、別口で携帯電話の契約をすると、そんな10ユーロでマルチにつかえるものなんぞない。そうなると高くつく。これまた、タイミングよくかかってきた、今度はTiscaliの勧誘に乗り、プロバイダーをTiscaliに変えることにした。でも思い起こしてみれば、Telecomとの契約解消のやりとりや、モデム返却の件でも全く問題なくスムーズにいった。こういうケースは逆にイタリアでは珍しい。

 

それでも、細かい手続きに追われるのは、面倒なもの。こういうったことは、夫は一切ノータッチだけれど、支払いは少しでも安いところを見つけたら、変えろ、と言う。勝手だよね〜。帰国した友人に愚痴ると、「イタリアらしい」と笑われた。イタリア滞在時、彼女は電話会社の切り替えは本当に苦労していたようだ。勝手に契約を変えるのは、すべてご主人。けれど、細かい処理をするのは、妻である友人の仕事。何度も電話で、電話会社を怒鳴りつけ、手紙を書き留めで送っても、請求書はずっと送り続けられていたようだし、換えたはずのプロバイダー会社が留守番電話に応答する。それでも、振り返ってみれば、腹立たしく、くだらないと思える問題も一つずつクリアしていくのが、イタリアで生きて行く醍醐味で楽しかったと言う。もちろん、渦中にいると、この世の終わりのごとく、気が狂いそうに腹たつのだが、後になれば、これも面白可笑しい人生なのか?

 

しかし、このTiscaliがひどかった。契約の時点で、カード番号を聞かれたが、初めの引き落としはカードででも、その後、請求書が来たら、銀行振込、または引き落としに変更できると聞いていたが、請求書が一度も送られてこなかった。ネットで調べようとしても、出てこない。実は、私はクライアントになっていないのでは?と思ったくらいだった。問い合わせをしようとしても、ネットではできず、フリーダイアルも繋がった試しがない。待てど暮らせど連絡は取れず、一番ひどかったのは、インターネットが時間帯によって繋がらないことも多かったと言うこと。もしや、会社も夜逃げ同然、存在していないのでは?と疑ってしまうほどだった。

 

そこで、契約から1年経っていないものの、いい加減プロバイダーを変えよう!と決心した時に、かかって来た勧誘の電話がFastwebだった。この勧誘電話、なぜか常にタイミングよくかかってくるから不思議。結局、月額は時代の背景もあっただろうが、サービス的には一番悪くなかったと思えた。本来、プロバイダーを変える場合は、前プロバイダーからの切り替え云々すべて新契約会社がやってくれるのだが、新しい番号をとってみては?と言われた。当時、いたずら電話も多かったので、それもいいかもしれないと言って、電話番号を変えてしまったのだが、これは、Fastwebが前プロバイダーであるTiscaliとやり取りせず、新規でラインをとったわけだから、Tiscaliの番号が残る、という意識が全くなかったのはあとの祭り。Fastwebで初めて光ファイバーになったが、前の番号は、壁に取り付けてあるしかも古いダイヤル式の電話がつながっており、電話がなる度に壁に振動し、家中に鳴り響きうるさいなんてありゃしない。

 

これは、自分でTiscaliの契約を切らないといけないのか?改めて気づき、げっそり。夫には銀行の私の口座の引き落とし状況を調べておいてほしいと頼んでいたが、そんなのとっとと忘れ去られている。自分で何かの手続きで銀行に行った際、過去1年の口座の状況を見せてもらったら、なんとTiscaliは律儀に2ヶ月に1度、きちんと引き落とししていたではないの?!! 請求書はこないし、カード会社からも一切報告がなかったので、全く何も知らなかった私。詐欺?と思いつつも、きっと私が理解していなかったのでしょうね。あほすぎ...

 

Tiscaliに電話をしても繋がらず、繋がっても、普段使う電話では番号が違うので、クライアントと認識されず、壁にかかっている電話だとダイアル式なので、デジタル式の応答には答えてもらえない。いきなり、Faxで契約解除の手紙を送りつけて初めて、私の携帯番号にTiscaliから電話がかかってきて、やり取りが始まった。契約から1年経っていないので、今契約解除をするのは無駄になります、と言われたが、もうそんなことは言ってられない。解除は、ファックスではなく、手紙で本社に書留で再送してほしいといわれ、改めて郵送。それからまた別の住所にモデムを送り返した。やるべきことはした。が、本当にこれで、契約が切れたのか?請求書はもともと送られてきていなかったから、今後も送られてくるはずはないが、自動引き落としされることはないのだろうか?これは、こちらの責任としてこまめにチェックしていかないとダメだろう。

 

もう、いやだわ、こんなやり取り...しかもプロモーションに踊らされ、あてもなく彷徨い歩くプロバイーダ•ジプシー、放浪の旅。

 

安かろう悪かろう。何年住んでもわけわからない国! やはり口コミ、コネは大切だと認識。

290日前

かき氷大好き人間。

 

イタリアには、日本のようなかき氷がないので、代わりにグラニータを食べる。スムージーのようだが、本来はちょっとガリガリ感のある氷菓子。

 

 

空手の稽古の帰り道。コーヒーのグラニータにミルク味たっぷりのフィオーリ·ディ·パンナのジェラートを乗せてもらい小腹を満たす。

 

ところで、ローマに住んでいた頃、夏によく食べたのが、グラッタ·ケッカ。グラニータよりももっとザラザラ感のある氷。そこに好きな果物やらシロップをかけてもらう。夏にグラッタ•ケッカのスタンドを開けるだけで、一年生活できちゃう人もいるらしい。https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-10979067774.html

 

 グラッタ(ーレ)とは削るという意味。

 

調べてみたら、日本のかき氷の歴史は、平安時代からだとか。清少納言の「枕草子」に「あてなるもの」(上品なもの、よいもの)の段には、「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されているとか。意味は「削り氷にシロップのように蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら)の汁をかけて、新しい金属の器に入れてあるのが実に優雅です」。平安貴族が、涼やかなかき氷を楽しんでいた様子が伺える。日本に初めて氷店ができたのは、明治初期。

 

ちなみに、イタリアはグラッタ·ケッカがお店に出たのは、900年代初期であるが、ジュリアス•シーザーが、家来たちを万年雪がつもるアペニン山脈に出向かせ氷雪を運ばせては、ミルクや蜜、ワインなどをかけて食べていたと伝えられている。当時は、デザートとして食べていたわけではなく、兵士たちの戦意を高めたり疲労回復を助ける「健康食品」の役割が大きかったようだが、「来た、見た、勝った」(veni,vidi,vici)グラニータの歴史は、なんとキリストよりも古い!

 

夏の暑い日は、グラニータ。ぜひぜひお試しを!

 

Granita di Cafèの作り方 

濃いめに入れたコーヒー・・・500CC 
砂糖・・・100g 
シナモン、カルダモン 適量 

1.コーヒーを濃いめに入れて、冷凍庫で凍らせる。 
2.2時間冷凍庫にコーヒーをいれ、その後30分ごとにフォークで砕く。 
3.かき氷状にし、生クリーム又はバニラアイスの上にのせる。 

 

290日前

 

 

7月7日は、五節供の一つの「七夕」。別名「笹の節供」「星祭り」と言われる七夕は、江戸時代に五節供の一つとなり、今でも親しまれ、最近ではミラノでも紹介されるようになった。

 

特に、中国に伝わる織姫と彦星の物語は有名。ロマンチックで毎年、7月7日の夜になると、空を見上げて、今年、二人は会えたのだろうか?と思いをはせるが、意外に曇っていたり雨の日が多い。ちなみに今晩のミラノは快晴。

 

また、今晩、ミラノのプラネタリウムでは、日伊共同企画、在ミラノ日本領事館の後援事業として、東京のプラネターリアム銀河座の春日了•館長制作による「かぐや姫」が上演される。

 

7 luglio 2017@21:00

Civico Planetario Ulrico Hoepli
Giardini di Porta Venezia
Milano

 

七夕についていろいろ調べていくと、この日には、そうめんを食べることを知った。その由来は、古代中国で7月7日に亡くなった子供の霊を鎮めようと、その子の好物だった、縄で編んだような形の小麦粉のお菓子「索餅」を備えたことから始まるという。それが奈良時代に、日本へ伝わり、索餅を食べて無病息災を祈る七夕の風習が生まれたとか。暑い季節にはぴったり!ちなみに昨日のお昼は、カッペリーニというそうめんのような細いパスタにトマトとツナをいれ、青じそドレッシングでサラダのようにしていただいた。1日ずれたわ!笑

 

そして、偶然にもミラノには七夕書店という本屋さんがあることを知った。長く住んでいても知らないことはあるものだ!

https://tanabata.it

 

そして、またまた今日7月7日は二十四節気の「小暑」。七十二候では「温風至(あつかげいたる)」に入る。文字通り夏の風が熱気を運んでくるというが、ミラノはムンムン、ジリジリ。「小暑」と「大暑」を合わせたおよそ一ヶ月間そ「暑中」と言い、暑中見舞いを出すのもこの頃。

 

 

https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12178223027.html

292日前

 

 

夏のオラトリオが始まり、あっという間に1ヶ月が経ってしまった。

本当にあっという間だった。

 

全体的には、リーダー達もミーティングを重ね、仲違いもなくうまくやってきたようだ。また、大人の助っ人達とて同様。自分にできる範囲で、時間と善意を捧げてきた。

 

が、今年は何かと考えさせられるオラトリオだった。

 

時代背景のものなのか、それとも地域的なものかわからないが、オラトリオにはお金がなく、遠出の遠足や海さえも行かず。食事もお弁当持ちの子もいれば、一度家に帰宅してから食事をしてから戻ってくる子もかなり多かった。一食2.5ユーロ。週に3回。7.5ユーロ。兄弟がいれば、それなりの出費にもなる。昨年まで昼食を作っていた嘱託の人がいなくなり、信者が経営しているケータリング会社に依頼し、50セント値上げした。かなりのサービスをしてもらっていたはずだが、それでも厳しい家庭が多いということ。

 

そして、たまたまトイレで、お弁当を持ち込みながら、どさくさに紛れてお代わりをしている子がいるということを、耳にした。一応司祭に伝えると「いいんじゃないか?」と言う。あ〜、そういうことで不公平だと思う私が、慈しみの心が欠けているのだろう、と思った。が、他のスタッフに言うと、「それはまずいでしょう!」と皆口を揃えて言った。確かに、それが子供達の間に伝われば、不公平だ!ということになるのは目に見えている。けれど、子供がずるいのではない。たとえ、お金を払ったからと言え、お代わりをしてもそうそうお腹は一杯にならない。

 

隣接している学校から毎日、果物(そのほとんどがりんご)とパンの提供があったが、あまりの数で、食べきれず、冷凍していたが、それも週に一度ヌテッラを塗ったパンをおやつとして午後に提供しても、また冷凍庫が埋まるほどのパンが運ばれてくる。食べても食べても減らない。であれば、カリタスや施しをしている修道会に寄付しては?とも思ったが、それも何かと文句が出るかもしれない。

 

また、今年は折り紙ではなく、図工全般の教室を担当した。最初の2週間は塗り絵やペン立て作り。3−4週間が切り絵を試してみた。

 

 

長年、子供達に折り紙を教えていると、日本人の子供達は、ほとんどが手先が器用で、一度教えたことは、覚えるし、皆丁寧に作る。がイタリア人となると、そうもいかない。手先が器用な子は、飲み込みが早い。けれどたとえ、はじめ、ペースが遅い子でも覚えてしまうと、どんどん創造力を発揮していく。そこで、国民性が出てくるのだが、手先が器用なのは、フィリピン人。南米系でも折り紙や工作に興味を持ってくる子は、意外に器用な子が多く関心した。

 

ところで、オラトリオは国籍、宗教を問わず、お金がなくても子供たちを受け入れるのはいいことだと思うが、やはり、差別はしたくないが、教育、以前に家庭での”しつけ”の差があまりにも大きく、辟易することが多い。

 

4月5月と次男の通う中学のフェスタの準備要員として学校に通いつめ、生徒たちに触れたが、まあ先生の言うことを聞かない子が多いことか! 今時の日本の状況は知らないが、ありえないことなんじゃないだろうか?一緒にいた先生たちも、始終キーキーヒステリックになっていたが、あれじゃたまらないなあ、と横目で見ていた。「一人一人はいい子なんだけれど、二人以上になるとどうしようもなくなる」と言っていたが、授業の邪魔をし、授業についていけなくなれば、冷たくあしらわれ、放って置かれるのも想像できる。オラトリオとて同様。とにかく司祭や高校生、大学生のリーダーたちもよく怒鳴っていたが、”静粛”な瞬間さえありえない。

 

私は、所詮お手伝いの身であったから、余計なことは言わないできたが、ラボラトリオ最終日は、はっきり言って、何をしてもいいかわからない。行くところがない子が集められたからたまらない。一人南米の女の子がいたが、他は全員男子。差別は申し訳ないが、アフリカ系の男子数人の集中力のなさ、人の話をきかない態度にはいらいらさせられた。何が問題なのだろう?と思う。国民性か?それとも何かに対するいらいら?思春期?説明しても言ったことを聞かない、できない。挙句の果てにトイレに行って、もう(遊びに)行ってもいいか?という。私の忍耐も限界を感じていたので、「集中できないのなら行ってちょうだい」と言って、外に出した。

 

以前パパ様は一般謁見で、

 

「神が愛し赦したように、愛し赦しましょう。これこそ何の妨げも例外もない人生の原則です。」

 

そして

 

「尊重と一致、奉仕が、力強い家庭や堅固な民主主義の礎で、あらゆる信仰のたまものへの健全な応答になる」ともおっしゃられたことがある。昨年、いつくしみの大聖年において、赦しを得て、聖なる扉をくぐったにもかかわらず迷う自分がいる。

 

日々の生活が、より良い生活、より良い人生を送れるよう修行の場でもある。より良い、人生、より良いオラトリオ、より良い社会、そして世界...。課題は、相手に課すだけではなく、自分にも課せられる。

 

とりあえず、私の今年の夏のオラトリオ、ミッションコンプリート。任務終了。

 

リーダーの高校生たちは、ここ数年でぐっと成長した。本来なら長男にも同じ場所でなくても活動して欲しかったけれど、いつかどこかで役立つ時も来るだろう。ああ、楽しかった、ではなく、この経験が、私もまだまだであるが、少しでも外国人へ忍耐を持って相互理解を歩む道となりますように。

 

少なくとも、スタッフ間はコミュニケーションを密にし、お互いを思いやることで、今年はとてもうまく行ったように思われる。最終日はcaccia tesoro. 宝探しゲームをし、夜にパーティ。演劇やダンスの舞台あり、この1ヶ月チームごとに戦ってきた結果発表が行われる。本当に早かったな、一ヶ月。喜怒哀楽(”哀”はなかったかな)、神に感謝!

 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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