Welcome!

ミラノの日常 第2弾

54日前

聖書の中には、沢山のイエズス様の説教が書かれているが、最も有名なのは「山上の説教」と言われている。その一番初めに、「真福八端」と呼ばれる、八つの幸いが述べられている。

聖書のみ言葉は、一見簡単そうに見えるが、用いられるたとえ話が難しい。たとえ話はイタリア語で、パラボラ•parabolaと呼ばれるが、これは、ギリシア語のパラボレー(parabolē)から由来しているが、根底には、「比較」という概念があるという。

 

今の世の苦しみと、来るべき世の栄光との比較とでも言おうか?また、時に暗示的、時に逆説的でもあり、理解に苦しむ。
 

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。

柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。

喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。(マタイ5:1-12a)

 

この説教は、ある意味、キリストの教えの中心とも言えるものである。つまり我々、信者が、人間が「歩くべき道」。

 

 
 

この日のAngelusの祈りでは、パパ様は「心の貧しい人々」とは、自分が置かれた乏しい状況の中でも、反抗的にならず、謙遜で、素直に、神の恵みを受け入れる人々の感情や態度を表していると説明された。

 

さらに、心の貧しい人々の「幸い」について、物質に対してと、神に対しての2つの側面があると示された。

 

心の貧しい人々は、物質面において清貧であり、本質を味わい、人と分かち合い、貪欲な消費に取り付かれることなく、物事の良い面を発見しながら、毎日を驚きをもって生きることができると指摘。

 

神に対しては、世界は祝福されたものであり、その根源は創造主である神にあると知り、賛美と感謝を捧げることができる人々であると話された。

 

また、心の貧しい人々とは、自分自身や物質的豊かさに頼ることなく、自分の意見に固執せず、他人の意見に尊重をもって耳を傾けることのできる人々であるとも説かれた。

 

私たち、共同体、そして社会が心の貧しい人々のものであるならば、そこには分裂や、対立、批判は減少する。対話ができれば、平和な状態へともたらすことができるであろう、と。愛と同様、謙遜は人々に必要な本質的な「徳」の一つと言える。

 

パパ様は心の状態を手の平でジェスチャーで表しながら、心が閉じた状態は、

 狭量で人の愛し方さえ分からないが、

 

 心を開くことで、愛の道を歩むことができると示された。

 

真福八端は、私たち自身に向けられた「福音=良い知らせ」として聞くこと、これが「幸い」の言葉を受け取る最も大切なヒントとなるのではないだろううか。

 

55日前
 

今日1月27日、第2時世界大戦時のナチス政権によるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)を思い起こすShoah(ショアー)の日である。 ショアーとはヘブライ語による「虐殺」という意味。

 

1945年のこの日、ソ連軍によってアウシュビッツ強制収容所が解放された。そして2005年の第60回国連総会にてこの日が「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー(InternationalHolocaust Remembrance Day)と採択。日本では、どれくらい知られているがわからないが、国際デーの一つ。今年で72年目。

 

この日が近づいてくると、イタリアの小中学校では”ショアー”について勉強をし、映画を見たり講演会などが開催され、もちろんTVでも、映画や特別番組が放送される。

 

ところで、強制収容所が解放される前年の1944年1月30日、ミラノ中央駅一番端の21番線から605人のユダヤ系イタリア人が貨物列車に詰め込められアウシュビッツへ連れて行かれた。7日間の長い旅であった。実際にミラノ中央駅から移送が行われたのは 43年から45年にかけて15回、トータルでのShoah被害者は10348人。 

 

ミラノの中央駅というと、ムッソリーニが首相に就任した(1922年)後に着工されたファシズムの威信をかけた駅というよりもモニュメントそのもの。21番線ホームの壁にこんな碑が書かれているという。「1943年12月から1944年5月の間に、この駅の地下から、ユダヤ人の男、女性、子供たちや反政府活動の人たちが、アウシュビッツや他のナチ収容所への長い旅に出た。彼らの記憶は我々のなかに生きていて、20世紀の大量殺戮の犠牲者だ。それぞれの苦しみは我々の苦しみだ。」この文章は、プリモ・レーヴィPrimo Levi(1919-1987)で、自身もアウシュビッツに送られ、生還した、イタリアの作家のもの。私はどうも、中央駅へいくと、息苦しくなってしまう。

 

この駅の中に、ショアーの記念博物館が2013年にできた。今年もガイド付きのツアーが企画されていたが、気づいたら、もうポストはなかった。

 

 
 

 

このホロコーストを「忘却の暴力」に終わらせず、広島や長崎の原爆投下同様、皆が思い出すことによって抵抗運動をしよう!というのもよくわかる。でも逆に、あまりに悲しい、痛ましい事件であったからこそ、思い出したくない、語りたくない・・・という人もいるのかもしれない。非常に複雑・・・。また、人々は歴史から何も学んでいない。歴史は繰り返される。戦争、紛争は世界中で起きており、テロ事件も日常茶飯事。


事実を知る事。忘れないようにする事も大切だ。でもなぜ人を殺してはいけないか。なぜ命が大切なのか?そして人の愛。神の愛を感じる事から見つめなおさない限り、何も変わないような気がする。

今日私は、ナチスによるユダヤ人大虐殺のすべての犠牲者を心に思い起こします。彼らの苦しみと涙が、忘れ去られてしまうことがありませんように。by Papa Francesco


 
57日前
 
さあ、春にかけてデトックスの季節! 肝臓をきれいにして、体も心もすきっとさせたい!

先日、デトックスによいので、常に冷蔵庫に保存しておきたい30種の食品がネットで紹介されていた。


にんにく、パイナップル、アスパラガス、アボガド、ビート、バジル、ブロッコリー、アーティチョーク、人参、カリフラワー、ミニキャベツ、キャベツ、紫キャベツ、ちりめんキャベツ、玉ねぎ、コリアンドリ、クレソン、ウコン、猫草(燕麦ーからす麦の若葉)、ウイキョウ、レモン、りんご、くるみ、ブラジル産くるみ、しぼりたてのオイル、パセリ、亜麻油、ほうれん草、タンポポ、しょうがの30種。

最近よくキャベツを買っているだろうか?でも一年中見てな い?と思ったら、年に3回ほど収穫されるのだそうだ。

ところで、キャベツは栄養の宝庫。しかも安い!!

キャベツはビタミンCの含有量が100g中44mgと、とても優れており、大きめの葉であれば約3枚で成人の1日の摂取量約100mgは摂取できる。また、キャベツと言って思い出すのが胃腸薬の「キャベジン」。キャベジンの別名はビタミンUで(いや、ビタミンUの別名が「キャベジン」か。)、胃や十二指腸の健康を保つことに優れた効果があるという。というわけで、揚げ物の付け合わせがキャベツの千切りなのだ。

その他、ビタミンK、カリウム、カルシウム、βカロチン、葉酸がいっぱい。そして、抗がん作用、美肌効果、疲労アップ、免疫力アップなどが期待される。

昨夜は回鍋肉。今日のお昼は、サルシッチャとキャベツのパニーノ。本来個人的には、サルシッチャは脂が多く好きではないのだが、これに関しては、キャベツとのコンビネーションが絶妙。黒胡椒いっぱいのキャベツが大好き。



過去にこんなにキャベツについて書いていたから、驚いた!

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-10794828153.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11382295247.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11994595623.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11759363434.html

体に良いからと言っても、摂りすぎは要注意。何事も中庸に!
 
58日前
 
この時期、雨が降らずミラノの空気は最悪。
大気汚染のレベルが、この7日間の間に急上昇。欧州で定められている浮遊粒子物質の環境基準が、(私にとっては意味不明だが!)PM10の値が1日に50μm(マイクロメートル)を超える日が7日連続したという。ちなみにこの数値は年間で35日以内でないといけないらしい。

まっ健康に有害なレベルだとというのは、明らか。現在イタリア語教室で環境問題について勉強しているが、PM10というのは, 大気中の浮遊する微粒子粒径が10μm以下のものだという。その小さな粒子による大気汚染が問題なのだそうだ。

ついにミラノの市長も”スモッグ対策”に立ち上がり、明日の26日から4日間、市街への車両乗り入れが日中に限り禁止されるという、交通規制が敷かれた。


「ミラノの天候は見事だが、浮遊粒子は大気中を浮遊している。」ジュセッペ•サラ•ミラノ市長のTwitterより。
 
 
"no car" キャンペーンで、交通機関の利用を促しているが、であるならば、ATM(ミラノ交通)の利用を無料にするとか、何か特典をつけるべきではないのだろうか?日本に比べれば、交通運賃は安いが、それでも仕事で郊外からやってくる人たちは、大変だ。
 
とはいえ、この時期毎年同じことで騒いでいるし、途中で雨が降れば、もう大丈夫!という人が多いが、決して問題が解決されたわけじゃないと思うんですが...根本的に対策を打たないと危険でしょう。
 
また、以前、スモッグ対策で、"Genitori Antismog"(アンチ・スモッグ・両親の会)という記事を紹介したことがある。 http://blog.livedoor.jp/s_sofia1317/archives/51503600.html 
 
今年もまた、Siamo nati per camminare(僕らは歩くために生まれた )キャンペーンが始まる。
 
 3月20日〜24日、ミラノの小学校は徒歩、自転車またはバスにて登下校を奨励。(日本じゃ普通なんですが!)
 
長男もアレルギー持ちで、この時期、咳が止まらず。
 
歩くことは健康にいいし、友達とおしゃべりしたり、自然に目がいったりするけれど、実は歩道は犬の糞だらけ。しかも雨が降った後の歩道は犬の糞がとろけている状態。 

ああ、ミラノの日常。なんとかしてほしい。




http://www.siamonatipercamminare.it/edizione_2017

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12107799755.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11385629109.html
59日前

長年ブログを公開していると、良くも悪くも「私」と言うイメージが勝手に独り歩きしていることがあり、それを耳にし驚くことがある。

私自身は、「私」そのもの、実物大を綴っているつもりだが、あとは、読み手の方々の「心のプリズム」にもよるのではないだろうか?

バーチャル的なお付き合いをし、実際お会いして、イメージ通りでした、と言われることが多いが、それは、小説を読んでいて、自分のイメージでストーリーが展開していき、そしてその小説がドラマ化されたり、映画化され、イメージ通りだったりすると嬉しくなるが、そうでないと、がっかりしてしまう。そういう感覚なのだろうか?

ところで、「未見の我」という言葉ある。私たちは、結局、自分自身を全部知っているわけではない。いろいろな人との出会いや様々な経験を通じ「未だ見ざる我」に気付きながら、パーソナリティを自分らしく作っていくことが大事なのではないだろうか。

小さい頃は、引っ込み思案で、おとなしく、クラスでも全く目だない子供だった。それを言うと、皆、嘘でしょう?というけれど、ホント。小学生の頃の通知表を見ると、毎年同じことが書かれていた。指せば答えられるのに、自分から手を挙げない。何事にも消極的だ。(下手すれば)冷たい、などとも書かれており、今、自分で読むと、うーん、この先生達は人の隠れた部分を引き出す能力がなかっただけじゃないの?と思ってしまう。苦笑

高校生の頃、2年間担任になった先生が、体育を受け持っていて、私がバドミントン部で毎日朝練、昼練、午後はもちろん、週末も黙々と練習していたのを認めてくれたのだろうか?いつからか「おい、お前、これやってみろ!」と体育の授業の見本を皆の前でさせられたり、挙句の果てに学級委員にさせられ、はじめは仕方なくやっていた仕事も、意外に私にあってる?!潜んでいたものを引き出してくれて、気づけば人におせっかいを焼いていたり、気づくと物事をまとめていたり、気づくと人の間に立ってしゃかしゃかやっている自分がいた。爆 あの先生には感謝なしではいられない。

それとは別に、最近、以前読んだことのあるスペインの作家の言葉を偶然思い出した。スペイン人の作家 のミゲル•デ•ウナムーノ
は、作家でもあり、哲学者でもあり、劇作家でもある。


「私の中には、三人の人がいる。一人は他人から見られている私、二番目は自分自身が見ている私、そして神から見られている私」

そう。いままでは他人から見られている自分と、自分自身をみている自分にしか、心を止めていなかったが、信者として神からみられている自分、というのもあるのだと思い出した。

通常、人は、他人から見られている自分を気にしがち。とはいえ、何か理不尽なことを感じた際、神様が私のことをご存知ならばそれでいい、と思うことさえある。この自己矛盾。なんなのだろう。また、人に過剰に賞賛されたりすると、本当はそんな人間じゃないのに...と大変申し訳なく思う気持ちは、やはり神様に引け目を感じているからだろうか。これまた矛盾。

キリストによって、キリストと共に、キリストの内に生きること。これが私の人生に意味を与えること、本来はそれだけなのかもしれない。結局は、基本に忠実。神に忠実。


「未だ、見たことのなかった自分を目指しなさい。 心は熱く、 一生に一度くらい、本気でやってみなさい。必ず達成します。 運命を造りなさい。」 ( by吉田松陰)

毎日を弾丸のように慌ただしく過ごしていては、未見の我に気付けないなあ。
 
未見の我を信じ、未見の我を発見し、未見の我と出会う。

その喜びをどれほど重ねているかが、「天職」を見出している人とそうでない人の違いになるのかもしれない。

あなたは、自分自身の「未見の我」を発見していますか?

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

7日 38 総合 1581 いいね

↑投票してね!

人気投票ボタン配置はこちらから



ミラノのそふぃあさん新着記事



過去記事

ミラノのそふぃあさんへの新着コメント




ミラノブログ・Facebookページ人気ランキング

1位 Tatsunosuke Satake blog
2位 ミラノ(イタリア)を制覇するブログ
3位 mimitalyの新☆イタリア生活 ~歌をうたいたい~
4位 ビワの葉は凄ィっ!ってイタリア人に勧めてみる。+気まま雑記
5位 イタリアより食とワインと山の魅力を
6位 ☆ レインボーの光と宇宙の無限の愛に包まれて ☆宇宙と共鳴してわくわくしよう!☆
7位 Rapporto!?da Genova(New)
8位 イタリア料理とイタリアワイン


あなたのブログ・Facebookページをもっと多くの人に読んでもらいませんか?ミラノでのブログ・Facebookページをお持ちの方は是非ご登録下さい。

ブログ・Facebookページ登録