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ミラノの日常 第2弾

136日前

 

ずっと、このことを話したかったの
ずっと、このことを書きたかったの
ずっと、このことを伝えたかったの
透明のこと。

いちばん大事なのは、待つことです。
母性に立ち返るとき、問題は自然に解決します。
「いのちのうつしかえ」のとき、
人も透明になるのです。

透明だと、ほんとうに、生きやすい。
何かになろうとしなくても、
それは自分の中にすでにあるものです。
透明になって真実に生きていれば、
それがいつか必ず真実となってあらわれます。
だからわたしたちに今できることは、
ただ精一杯、真面目にていねいに生きていく、
これだけだと思うのです。

「限りなく透明に凛として生きる」(佐藤初女 著/ダイヤモンド社) 

 

 

なんと素晴らしいタイトルなのでしょう。まさに私がそうしたい生き方。シンプルライフは理想だけれど、私はどうしても、人に巻き込まれてしまう。いや、自分から飛び込んでいるのか?

 

ところで、著者の佐藤 初女(はつめ)女史は、日本の福祉活動家、教育者。1992年より青森県岩木山山麓に「森のイスキア」と称する悩みや問題を抱え込んだ人たちを受け入れ、痛みを分かち合う癒しの場を主宰。それ以前は弘前市内で自宅を開放して同様の活動をしており、こちらは「弘前イスキア」と呼ばれていたという。素朴な素材の味をそのままに頂く食の見直しにより、からだから心の問題も改善していくことができると訴えていらした。まさに日本のマザーテレサ。

 

昔から今まで変わらないのは、今日と明日が同じ一日であってはいけないという気持ちです。


必ず何か違うことがあるので、それに気づいてすみやかに実践していきたい。


大事なのは、そのときに起こる出来事をどうやって受け入れられるかだと思っていますから、たとえ突然お客様が見えても、わたしは会うことにしています。


訪ねてくる人も何かあって訪ねてきているわけだから、それを受けとめる。


その人が安らぐように、安心できるようにしたい、そう思うのです。


もちろん、体が疲れていたり、時間がなかったりすると、どうしましょうかという気持ちになりますが、それでもこの方は神様のお使いなのだと思って会います。


それで会ってみれば会ってよかったと思うんです。


「この出会いなくして、今のわたしはありません」


という言葉が好きなのですが、やはり出会いがあれば、そこに気づきと発見がありますので、どんな人でも会いたい。


このような毎日ですので、まわりからは時間をすべて人のために使っているように見えるようですが、わたしはそうは思っていません。


自分のためというわけでもなく、神様からいただいた時間というふうに考えているからです。

 

 

私は憂鬱になったり、不安になった時、本来だったら家に閉じこもっていたい気もするけれど、敢えてメルカートや人ごみに出て行く。そうすると、必ず知り合いに会うからだ。「元気だった?」「最近どう?」例え、「チャオ!」だけでも人とコミュニケーションをとることで、元気をもらえる。笑顔で癒される。

 

逆に自分が元気になりたかったのに、会った人に愚痴を聞かされたり、相談を受けることもある。けれど、その人が憂鬱や不安を吐き出すことで、少し楽になる顔を見ると、うわーっネガティヴ·パワーもらっちゃった!と否定するのではなく、その人の楽になった顔を見ることで、私も嬉しくなる。基本的に面倒だ、と思いつつ「人」が好きなんだろうなあと思う。そして「楽しい」ことが好き。

 

「この出会いなくして、今のわたしはありません」まさにそう。出会いがあれば、そこに気づきと発見がある。どんな人と会っても時間の無駄はない。要は、いかに出会う行動をしているかが肝心なのだと思う。声をかけられればどこにでも顔出すもの好きな私。いや、声をかけられなくても、ふらーっと出て行っているか?苦笑 一期一会。すべての恵みに生かされ、活かされている。

 

神様に感謝。

 

 

 

 

138日前

 

 

先月、女子会で毒を吐きながら、足裏マッサージをしてもらったら、体に溜まった毒素出しまくり(汚くてすいません!)デトックス効果大! その後の体の身軽さといったらたまらなかった!

 

次は、フェーシェルマッサージでほうれい線知らず!と言うことで、またまた出かけたきた。私の噂に尾ひれがついて、興味津々の人が多く、参加希望者は沢山いたようだが、とにかくこの怒涛の学年度末。予定がバッティングの方多し。9名の所、最終的に6名だったが、皆マッサージをしてもらい、プニプニほわほわ~いい感じ。

 

私は先日、ほうれい線を防ぐリンパマッサージを教えていただいたので、いいかな?と思っていたけれど、自律神経の問題か?どうも首ががちがちで偏頭痛もあり、腰から膝裏、足の裏も痛い気がしていたので、首とデコルテをマッサージしていただいた。

 

デコルテ(バストの上部から首、肩周辺)のお手入れはついつい忘れがちだが、これからキャミソールや水着を自信を持って着るには、やはりデコルテケアも大事。やはりこの部分がすっきりするだけで、印象はかなり変わる。ボディコンならぬ鎖骨コンシャス。歳はとってもデコルテは美しくいたいもの。

 

”心身一如”という言葉があるが、心と体は密接に関係している。健康でなければ本当の美しさは手に入らない。ドロドロリンパは、健康と美容に悪影響なのだ。

 

ゴッドハンド•エステシャンのYさんは、触れただけで体がポカポカしてくるような、暖かい手をしている。体に優しく触れ、また優しい口調で心と体をいたわってくれる感じ。決してきつくマッサージしているわけでもないのに、彼女が触れると、細胞の間に滞っていたリンパ液が流れ出し、みるみるうちに余分なリンパの重みが取れた分、下垂していた瞼や頬のあたりが上がる上がる、不思議不思議...↑

 

その後、食事をしていたら、急に代謝がよくなった友人は、体温が上がったのか、暑い暑いと言い出していた。実際体温が1度上がると、基礎代謝は13%アップすると言う。基礎代謝が上がれば、現在よりもエネルギーの消費量が増えるのでダイエット効果もアップ。また、ホルモンのバランスが良くなって、肌の美しさやはりがもたらされるという。リンパ排出との相乗効果で、トラブル肌や小じわが解消されたり、肌に透明感が出るなど、美肌効果も抜群だとか。

 

そうか、だからYさんは肌がもちもち美しいんだ!私と1歳しか変わらないのになぜ?強いて言えば、旦那が若いからでしょう!!と皆で大笑い。やっぱり若い夫、子供が小さいってのは、差がでるわね〜と納得。笑

 

そして、今回もとても美味しい持ち寄りパーティー。主催者のBB様のチェリーパイの画像を撮るのを忘れてしまった。この時期最高!甘酸っぱく、ザクザクしたパイは意外にさっぱり。

 

今回の参加者は私は全員知り合いだったが、かなりの人たちが初対面。それでも話は盛り上がり、よく食べ、よく飲み、よく笑い、楽しいひと時を過ごした。

 

持つべきものは、やっぱり友。

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12274326958.html

138日前

 

 

「幸せは、いつでも 手の届くところにあります。」 byマザー・テレサ 

幸せになりたいなら、まず周りの人たちを幸せにすることを考えましょう。人間は誰かを幸せにすることによってしか、幸せになれないからです。独りぼっちのお年寄りに優しい言葉をかけるとき、困っている人に助けの手を差し伸べるとき、わたしたちの間に愛が生まれます。その愛が、わたしたちを幸せにしてくれるのです。『日めくり 超訳マザー・テレサ』(PHP研究所刊)より。

 

カトリックのミサでは、全世界のすべての人の救いのために祈る「共同祈願」という祈りを唱える。けれど、困っている人たちに手が差し伸べられるように、神様の慰めがありますようにと祈りつつも、助けるのが「自分たち」であることに気づき、実際、そういう方々に手を差し伸べられる人間になれるよう成長しないといけない。

 

ところで、以前法律事務所に勤めていた際、ある弁護士が「弁護士たるもの、依頼者が持ち込んで仕事を「待つ」侍だ」と言っていた。

 

けれど、仕事とは別に、人に良いことは、人から頼まれるのを「待つ」ことだろうか?待ってから手を差し出すのか?それともアップアップしている人に気づき、手を差しのばすのではちょっと違う気がする。

 

とはいえ、自分が良かれ、と思い手を差し出したところ、ぴしゃりと叩かれた経験も何度もあるので、手を出すことにどうしても躊躇してしまう自分もいる。相手の取り方も様々。親切だと思ってしたことが、お節介を越え、悪意にさえ取られたことがある。

 

お節介にならないためには、自己満足を排除すること、相手の必要を見極める、見返りを求めない心のありようが大切だ。決して、見返りなんて求めてないし、相手が喜んでくれれば・・・と思っているだけなんだけど。まあ、それが善意の押し付け、お節介なの?結構落ち込んだものだ。

 

でもね、でもね。親切を受ける人の心、そして、相手の気持ちを受け取る謙虚さ、また、相手の好意に対する礼儀、バツの悪さなどに気をくばるのも、立派な「親切」。

 

相手の善意のくい違いに対して、いつも理解と赦しの心を準備しておきたいもの。


Do good because you are good.
善い人になるために善いことをするのではなく、あなたは善い人なのだから善いことをなさい。byヴァレンタイン・デ・スーザ神父


この言葉を信じて、結局私のお節介はやみそうにない。爆

 

139日前

 

今日6月5日は、古代中国で考案された二十四節気の芒種(ぼうしゅ)にあたる。

 

「芒」(のぎ)とはイネ科植物の穂先にある毛のような部分のことで、稲などの穀物の種をまく時期という意味。田植えの目安とされ、農家が忙しくなる時期。梅雨入りも間近で少し蒸し暑くなってくる頃。

 

ところで、二十四節気は半月毎の季節の変化を示しているが、これをさらに約5日おきに分けて、気象の動きや動植物の変化を知らせるのが七十二候。

 

その名称は、気候の変化や動植物の様子が短い文で表されている。普段の暮らしでは目にする機会の少ない事象もあり、おおかたはその時期の「兆し」を伝え、繊細な季節のうつろいを感じさせてくれる。

 

今日6月5日は、「蟷螂生」(かまきりしょうず)と呼ばれ、その名の通りかまきりが卵から孵る頃をいう。子供の頃、ピンポン球のような卵から数百匹の子が誕生する姿を見て、目が点になったことを思い出す。

 

 

ちなみに6月6日は「稽古始め」の日なんだそうな。昔から芸事は6歳の6月6日から習い始めると上達すると言われ、これにちなみ「楽器の日」「邦楽の日」「いけばなの日」などに制定されているという。

 

逆に、欧米は新学期は9月。なので、習い事は9月はトライアル。本格的には10月から...といった傾向がある。けれど、私の通う空手教室に興味を示してくれた友人達が数人。秋まで待てない!というので、じゃあ稽古を見に来れば?ついでにやってみる?と声をかけてみた。

 

その「稽古」という言葉...「稽」は「考える」という意味で、「稽古」は「古(いにしえ)を考えるという意味があるという。芸能や武術、技術などを習うことや練習することの他に、昔の書を読んでものの通りや故実を学ぶことも稽古というのだそうだ。先日の座学もそうだが、何かを習うとき、その習い事の由来や歴史を考え、伝統を大切にしながら身につけていきたいものだと思う。

 

暮らしの歳時記...四季折々の節目に、生活や自然を見つめ、改めて日本人の心を育み、素敵で心豊かな生活をもたらしたいもの。

141日前

夏休みを目前にし、今後稽古に来る門下生がどっと減る前に、セミナーというか『座学』が行われた。2008年にミラノに月心会イタリア本部道場が開かれてから初めてのイベントだという。



それは、「空手を習う意義」から始まった。

武術は武士道の精神の元に成り立っている。
空手に「道」が付いているのは、空手プラス武士道の「道」、即ち空手と武士道は一体であり、それが、世に伝わる「心技一体」。自分の命を守る、大切な人の命を守る、という点においては、武士道の五常の徳を軸としていると説明された。

「仁」・・・・優しさ、真心、慈悲の心
「義」・・・・正しい生き方
「礼」・・・・感謝の心、謙虚さ
「智」・・・・善悪を見極める力
「信」・・・・信念、信頼

 

隣で、自分は日本の侍の生まれ変わりだと豪語しているF爺さんが、「自然の法則と同じだ」とブツブツ言っていたが、武士道精神とは、決して武士だけの思想ではなく、日本人、そして本来はすべての人の思想的根幹だったのではないだろうか?と思う。

 

受講生は、下は4、5歳から、そして上は78歳、また日本人、イタリア人、その他外国人と人種は様々...講義は日本語とイタリア語で行われ、誰もがわかるよう、具体例を加えながら説明されていった。

 

自分のためだけではなく、相手のためにも稽古をする。立ち方や「基本」、そして組手で強くなるワンポイントなどなども話された。

 

そして、日常生活に活かす空手道の話は興味深かった。直接空手に関係あるの?と思いがちだが、積極的に、人を助ける。人が喜ぶことをするが、やったことはすぐに忘れること。けれど、人から優しくされたり、されたことは絶対忘れず感謝する心を忘れないように、ということだった。「懸情流水 受恩刻石(情を懸けしは、水に流し、恩を受けしは、石に刻むべし)」という言葉がある。これは仏教の教えにある言葉で「他者にかけた情け(与えた恩)は水に流して忘れる。他者から受けた恩は心の石に刻みこんで忘れてはならない」という意味だが、確かにこの世の中、その教えの逆になりがち。かけた情けのほうを石に刻み、受けた恩は水に流して忘れてしまう。つまり、してあげたことばかり覚えていて、していただいたことは忘れてしまうものだ。

 

また、非常にかわいかったのは、親の覚悟、ということで、ここでは子供には聞いてほしくないんだが...というと、素直に耳に指で栓をする子供たち。笑

 

 

これまた、空手に関係あるの?と思いがちだが、人に頼まれたら喜んでする。「誰かの助けになる」という生き方。人に感謝される生き方というのを勧められた。

 

よくいるでしょ?次から次へと、人に頼まれる人。なんで私?とは決して思わないこと...と師範。あちゃー、それっ私だわ。思わず目を挙げられず。人に何も頼まれないよりも頼まれる人になること。それはその人の成長となる。...はあ、今後は喜んでお受けいたしまする。

 

本来私は、個人的に色帯と黒帯の技術面はもとより、精神面の違いを一般論として質問したかったけれど、講義中にも色帯の下から見られて恥ずかしくない行い、技術を身につける、模範...と言うお話もあったので、まあいいかな?と思い敢えて質問しなかった。これは私自身が理解すれば良い問題なので。

 

人を育てるとは「知育」「体育」「徳育」から成るわけで、武士道の素晴らしさ再確認した。今回はあくまでも「空手道」の概論であったので、普段師範の書かれる「道楽」というレポートやブログを読んでいれば、重複する部分もかなりあったが、普段本を読んだりして、知識だけを身につけるよりは、実際耳で言葉を学び、考え方を学び、本質を見極める目を養う...実技とは別の、意義ある時間であった。
 

講義のあと、普段なら何もせず帰ってしまうイタリア人、せっせと椅子を片付ける日本人保護者の空気を感じ、動いており、いい感じ! と思った。

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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