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ミラノの日常 第2弾

64日前

 

 

子育ては長距離走。

「手間をかけない方が長続きする。教えることに手間をかけるのではなく、育てることに手間をかけよう。」

以前、ある作文教室のブログでそう語られており、メモを取っておいた。

我が子たちのイタリア語教育に関しては、全くノータッチでやってきたが、少なくとも日本語教育に関しては、補習校に通わせるのみならず、つきず離れず見てきたが、まあ、親が熱心になればなるほど、子供は親がいないとしなくなり、とにかく逃げる。逃亡者と追跡者の関係だが、やがて追跡する親の方が息絶えてしまう。苦笑 

子供のペースを考えると、最終的には、音読と作文が書ければなんとかなるんじゃないの?という結論に至った。まあその作文を書く力をつけさせるのが至難の技なのだけれど。あとは、親子での楽しい対話が大切。

とはいえ、地獄の「魔の思春期」ど真ん中の我が家。こちらの気分も子供達の気分に振り回されがち。何があっても、どんとこい!親も動揺しない心を持つことが大切。

ところで、勉強は、頭でっかちにするのが目的ではなく、やはり人間形成、そして自分の人生を生き抜くバイタリティーを養うことの方が大切だとつくづく思う。「教える」のと「育てる」のは全く違う。

今時の子供たちを見ていると、赤ちゃんの頃から、TVやビデオ漬けの子が多い。考えて見れば、私も乳幼児期から子供達には「ベビー•アインシュタイン」ビデオを見せていたな。ネーミング通り、乳幼児にこのビデオを見せることで知能指数を上げようというものだが、それで天才になったらやばいでしょ?ダイエット•コークのんだら痩せますよ!っていているのと同じ。

 

何が大切って声の向こうには「人間」がいなきゃいけない。機械の部品ではなく、血のかよった「人間」が。また、絵本の読み聞かせでもCDで聞かせるものもあるけれど、なんだかな...と思う。

人間は「手間」をかけて育つ。それが「教える」ことにかける手間なのか、「育てる」ことにかける手間なのか、それは似て非なるもの。

 

教育とは、「教え育てる」と書くけれど、本来は「育むことを教える」ものではないのかな。義務教育は9年だけれど、9年のみで人格は育たない。

 

愛を育む、友情を育む、心を育む、命を育む...「育む」とはとても素敵な言葉。大事に守って、養い、発展、育てる。心が必要なわけ。

 

子供を育てる、部下を育てる...教え込むことだけを目的とし、『育む』ことを軽視する社会になってしまったら、病んだ社会になること間違い無し。

 

好奇心のスイッチ、モチベーションアップのスイッチ...根気強くきっかけを与え続け、見守るのが親の使命。上司の使命。

 

...と、自分に言い聞かせる今日この頃。結局は忍耐、忍耐また忍耐。日々精進。

66日前

 

私は、スーパーで買い物するよりも、メルカートで買い物をする方が好き。やはり、野菜や果物が新鮮ということもあるけれど、人とのやりとり、そしてあの喧騒が、あのカオスがなんだかんだいって好きだからだと思う。

 

私の場合は、近所の月曜メルカートと歩いて10分ほどの木曜メルカートには必ず出かける。一人で行くこともあれば、友人と待ち合わせをし、途中でお茶を飲んで大笑いしながら情報交換。幾つになっても、箸が転がってもおかしいお年頃。何か?

 

ただ、友達と一緒に出かけても、100mくらい歩く毎に誰かしら知り合いに会ってしまう。簡単な挨拶といっても、その度に「ちょっとごめん...」と友人を待たせてしまう羽目になる。その回数があまりにもすごいため、「もうT子とは一緒にメルカートへは行かない!」と冗談半分に言われたことさえある。苦笑 

 

itamaの生徒たちにも「マエストラ〜!」と毎回声をかけられるが、私は先生じゃないってば!と何度言っても同じ。以前見ていた子供たちが、幼稚園、小学校へ上がり、またその弟や妹がバンバン生まれているから驚いてしまう。今朝、私のitama初年度の子供だったエジプト人の母親に久々あったが、ベビーカーを押しているではないの!しかもあちらのご長男くんは我が家の長男と同い年。えっ?何人目?と聞くと4人目だという。彼女たちはこのご時世でも4、5人は子供がいるのがザラ。それでもきっと私より、10歳くらい若いのだろう。ありえないわ。

 

話は基、メルカートでは何が楽しいって顔見知りが多くなると、その度にいろいろな会話が弾むということ。蜂蜜屋さんでは、片っ端からのど飴をもらい、糸屋さんでは、店員さんと最近の作品を見せ合ったり、糸の情報交換などをする。最近、毛糸屋さんを手伝っているおっさんが、私が行くとやたら声をかけてくるが、今朝「チャオ!チーナ!」と呼ばれたので、無視! 「チャオ!ベッリッスィマ!」と呼ばれれば愛想良くするが、「ニーハオ」とでも言われようものなら、最強の目力で威圧する。笑

 

何度言っても、話が通じないので、もう諦めたのだが、私がいくと「イエーイ!”もしもし”が来たぞ〜」といってくるバングラデッシュの屋台。もともとは、日本人を見かけると、「今日は」だから英語の「ハロー」になり、そこからイタリア語の「プロント」になってしまい、それが日本語で「もしもし」となったわけだが、途中で、思い込み?勘違い?が増幅された伝言ゲームよろしく(まあそれが伝言ゲームの醍醐味なのだが)おかしなものとなってしまった。しかも、日本人を見れば、”もしもし”と挨拶のつもりが、私の名前が”もしもし”???違うでしょ〜。

 

今日は、ちゃんとした日本語を指導してきた。彼らも一生懸命、商品をいれる紙袋にメモを取っていた。「今日は」「ありがとう」「さようなら」を三つ。私も彼らの言葉「ベンガル語」を教えてもらい、メモを取った。

 

今日は   ...   シュバシャカール

ありがとう... ドンノバード

さようなら ...  ショコビダイ

 

人とのふれあいは楽しい。ちょっとした挨拶でも、笑顔になり、元気をもらったり、逆に与えることもあるのだと思う。単調な生活でも、小さなことに忠実に生きたいもの。真摯な心があれば、日々満たされる。

メルカートも心次第で楽しくまわれるってこと。

 

その2

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11460779182.html

その3

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11886939382.html

66日前

 

 

パパ様のミラノ司牧訪問もそろそろ一ヶ月を切ろうとしている。

 

ボランティア募集の締め切りが済み、司教区に提出した物の、いつ、どこに行くかは不明。遅くとも3月半ばまでに連絡をいれるという一報が入った。考えてみれば、2012年ミラノで行われた世界大会でのボランティアのパスが発行されたのは、大会開催1週間前後だったはず。だから今回もゆっくり待つことにしよう。

 

さて、今回もまたミラノ司教区よりパパ様に向けた共同祈願(2月26日〜3月4日まで有効)が発せられた。

 

Per papa Francesco, Vescovo di Roma e Primate d’Italia. La sua paterna sollecitudine per la Chiesa italiana favorisca una rinnovata attenzione alla vita sociale e civile da parte dei cattolici, al servizio del Paese, ti preghiamo.  

ローマ大司教及びイタリア首座大司教でおられるパーパ•フランチェスコ、イタリアの教会に対するあなたの父なる配慮は、国家の義務に対しカトリック信者としての社会生活に新たな注意点を授けます。祈りましょう。

 

ところで、先月の「主のご公現」の祝日”エピファニア”におけるAngelus(お告げの祈り)のあとに、パパ様は「いつくしみのイコン」なる小冊子を無料で、浮浪者や難民の手を通し配布された。現在は、キリスト教系書籍で1ユーロで販売されている。

 

聖書における6人の罪人(罪深い女、ザアカイ、徴税人マッテオ,よいサマリア人、よい泥棒,使徒ピエトロ)を通じ、神の愛を紹介する内容。福音書に続き、パパ様の言葉。そして黙想のヒントと聖歌。

 

四旬節の黙想としてもよい手引書となることだろう。

 

 

 

 

www.papamilano2017.it

comunicazionepapa@diocesi.milano.it

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12247899654.html

67日前

今年も配布されました!ミラノ大司教区の愛の献金箱。貯金箱ではありません。

 

 

毎年四旬節前に配布され、1年分を貯めて、新たな一年分の箱と交換する。出来る範囲で、お金を貯めて教会の役員に委ね、まとめてから司教区へ持って行き、貧しい人たちに配布される”ソリダリエタ”助け合い運動。

 

特にこれからカルネヴァーレ後の四旬節は回心の時。信仰の原点に立ち返り、現実世界の中で、いかに信仰を生きるべきか見つめ直す時。


また四旬節では、「祈りと節制と愛の業」という3点をもって信仰を見つめ直すよう求められている。献金も、自分の犠牲を捧げものとして心をもって行う愛の業に他ならない。

小さなことで良い。毎日飲むコーヒー一杯分を、すぐに乗ってしまうバスの一回分を...自分のできる範囲内で節制の心をもって、他者との分かち合いができれば素晴らしいと思う。

 

「共に苦しみ」「共に喜ぶ」。なかなかできることではないが、具体的な信仰の実践の一環として、私たちの存在は、人との関わりの中ではじめて生か(活か)されるのだと思う。

内面を見つめつつも、「共に苦しみ」「共に喜ぶ」という実践、そしてそこからくる達成感を通じ、自分の存在、意味、そして使命を身をもって感じられる時として過ごしたい。

 

 

追記。

 

 

こちらはミラノ、アンブロジアーノ典礼用の黙想の手引き書の3月号および4月号。毎日朗読されるみ言葉の解説が記載されている。四旬節の聖歌を決めるのに、この1冊を持っていると、非常に便利で打ち合わせというと、この本と聖歌集は欠かせられない。

 

69日前

 

ミラノにはバドミントン専門の体育館、PalaBadmintonがある。

 

 

 

中高時代バドミントンをやっていたし、次男が習い事を一時バドミントンにするか空手にするか決めかねていた際、トライアルにいったことがある。また友人同士で体育館を借りて練習も数回やった。流れで10時間の専門コーチとのトライアルレッスンをグルポンで申し込んだ途端に骨折。結局グルポンの有効期限が切れてしまい、そのままだった。

 

今回その友人に声を再びかけてもらい、5年ぶりに練習に顔を出してきた。

 

そのグループは有志数人で集まり、実際セリアBだかCで今だ活躍されておられる70歳のある日本人の方にコーチをお願いしているという。ちなみにミラノにはセリアAで活躍されておられる日本人選手もいる。

 

暖かい日が続いていたが、週が明けた途端に霧と寒さのミラノ。自転車で出かけたが、寒いのなんの!汗かくかな?なんて甘かった。いきなり、「ではウオーミングアップに、フットワークをしましょう」、という。ほぼ30数年ぶりとはいえ、歩幅や動きというのは、体が覚えているもの。素振りもそうだが、「打った後は、すぐに腕を上げて!」 「フレームが曲がってるよ!」「あっはい...」でも30年ぶりなんで、アバウトでしか覚えてないんですが...と思ったが、元高校のバドミントン部のコーチでもおられたというN氏。容赦なし。一応、私、30年ぶりなんですが...一応50過ぎてるんですが...高校生レベルの練習内容? 勘弁してよ!でもはっきり言うと、空手の組手の方がもっときっついわ...爆

 

休憩という休憩もなく、ちょっとした隙に水を飲みに行く。首の周りが汗でグッチョリ。それは空手の時よりもすごい汗。でも結構動ける...いけてる私?と思ったが、あれよあれよという間に右の手首からの肘の間までの外側の筋肉がじわじわ痛んできた。来た来た来た!普段つかってない筋肉をつかっているぞ〜。

 

二人組になってハイクリア、ドライブ、ヘアピンなどをこなし、最後にコーチとスマッシュの練習。「君ね〜、スマッシュ70点。でもレシーブの方は40点ね」だーかーらー、私は30年ぶり。40点だって上出来。それよりも、これから数日身体中が痛くなって動けなくなるのでは?その方が心配。最後の30分は、試合形式でダブルスの試合をしたが、知らないうちにルールが変わっていたから驚き!(2006年に日本で開催されたトマス・ユーバ杯期間中に行われた現・BWFの会議において、サーブポイント制からラリーポイント制に正式採用されたそう。)一般的ストロークはできても、やはり試合になると、フレームに当たってカキ〜ンといったり、空振り、足は出ないわ...で試合になんぞなりません!

 

あっという間の2時間だった。いい汗かいたけど、やはり筋肉痛が怖いわ〜。帰宅して、すぐにオラトリオに出かけなくてはならなかったが、とりあえずメンバーとビールで乾杯!グラスを持つ手が思い切り震え、いやそれ以前に思うようにグラスがつかめない! まずい翌日は空手の稽古だ!拳が握れない!ヌンチャクもあるぞ!棒術もあるぞ!下手したら、飛んで行ってしまうかもしれない!!(今晩は、身体中湿布を貼って予防。私は、ミイラかい?!)

 

今回声をかけてくれた友人によると、イタリアには数多くの連盟や協会、そしてそれに所属するチーム、教室があるようだが、ランキング的にはSeria H(セリアアッカ)からあり、ポイントごとにクラスが上がっていくのだという。「一応目標を持ちたいので、セリアHから始めようと思って...」というではないの???「じゃあ、ユニフォームとかTシャツそろえないとね〜」と、どうしても軽いイタリア人的発想になってしまう私。皆で大笑いすると、コーチがぼそっと「いや、まずは基本でしょ!」とおっしゃる。は〜。

 

何事にも言えるのは、基本が全て。そういえば、武道には「守破離」という言葉があるけれど、これは、学ぶためにはまずは型を「守る」。それが基本。そこができるようになれば、自分なりに型を「破る」。そして最後は守る事にも破る事にからも無意識に「離れていく」というもの。

 

ドMの私。ハマったら、大変。自分で自分の首を絞めてしまうことだろう。今回は、まずい。はまったら身を滅ぼすことだろう...

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11349037902.html

http://www.badminton.it/home.asp

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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