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ミラノの日常 第2弾

142日前

いきなり夏に突入したミラノ。
もう体がついていけません。

とりあえず夏バテを避けたいもの。

以前に比べ、汗は出るようになった。とは言え、体温を一定に保つために、汗は必要だが、汗とともにナトリウム、カリウム、カルシウム、ミネラルなどが一緒に排出されてしまう。その結果、体内のミネラルバランスが崩れ、疲労感が生じてしまうというわけ。

 

日本や去年出かけたドバイのように、建物の中は、冷房がガンガンかかり、外はとろけてしまいそうな暑さだとその温度差に体の体温調節機能が狂ってしまいそうだ。そこはここはミラノ。良くも悪くもまだなんとか助かりそうだ。

ところで、夏バテを防ぐにはズバリ(っていうまでも無いが!)自然なリズムの生活のもとに、栄養バランスのとれた規則正しい食生活を実行することが重要。

それプラス、積極的に摂りたいのがクエン酸。


すっぱい成分として有名なクエン酸。クエン酸は、食物が体の中でエネルギーに変わる過程(クエン酸回路)で働く、有機酸の一つ。エネルギーを生み出すには必要不可欠だという。

逆にクエン酸が不足してしまうと、『乳酸』と言う疲れや肩こりのもとになる成分が体の中に増えてしまい、またエネルギーの生産が十分に行われにくくなり、これが夏バテや疲れの原因となる。

運動をすると体の中に乳酸が溜まっていくが、レモンにたっぷり含まれるクエン酸には、この乳酸を分解し、体外に排出してくれる働きがある。

クエン酸は、乳酸が生成されるのを妨げる効果もあるので、運動前に摂っておくことで疲労予防にもなるという。

また、レモンに豊富に含まれるビタミンCには、抗酸化作用・美肌効果・免疫力アップ・ストレス緩和など、様々な健康効果もある。

そこで、はちみつレモンを作った。これを水で薄めて毎日朝と夜に飲んでいる。

 

 

そしてなんでも「レモスコ」。

 

 

意外に感動したのが、ピッツアにレモスコとたっぷり黒胡椒。夏にピリ辛酸っぱい!食欲増進。ぜひお試しを〜。

142日前

 
 
昨日、メルカートで鯖を見かけた。あれっ鯖って今の時期だったっけ?日本だと確か、秋から年末だったような気が...
 
ヨーロッパでの鯖は3〜8月頃が旬で、地中海、大西洋、黒海あたりを回遊しているという。特に大西洋鯖(ノルウエー鯖)は日本にも輸出されており、日本人もよく食している。
 
個人的に鯖寿司は苦手だが、トルコの鯖サンドは大好き。子供の頃、鯖寿司で当たった人の話を聞き、鯖に対する拒否感が拭えないのだが、鯖は鮮度と寄生虫に注意が必要とはいえ、最近では、冷凍技術が発達したため、鮮度を保った上に、完全に凍結させてアニサキスを死滅させることができる。
 
そして、不飽和脂肪酸の一つで、体にとって積極的にとりたい必須脂肪酸の一つである”オメガ3”というのを含んでいる。DHA(ドコサヘキサエン酸)EPA(エイコサペンタエン酸)α(アルファ)リノレン酸の3つであり、ガン予防、糖尿病予防、心臓病、アトピー・喘息、アレルギー・花粉症に効くと言われている。
 

アジ、鯖、イワシ、カツオ、マグロ、サンマ、ブリなどの青魚と呼ばれる魚を週2回食べると心臓系の病気を避けられるという。ちなみに、なぜ「青魚」と呼ばるか、というとこれらの魚の他に、海水面の近くを泳ぐほとんどの魚が青魚と呼ばれているのだが、海水面の近くを泳ぐことで、海鳥に狙われやすいのだが、背が青いので目立ちにくく、海の下にいる大きな魚からは、腹が白いので目立ちにくいようだ。

 

話はもとい、メルカートの魚やの前を通ると、アジが売られていた。あ〜アジの開き、食べたい!一夜干しできるというが、自分でおろせないし... すると、鯖が切り身になって売られているではないか!お〜、これなら私も調理できる!鯖は塩焼き?と思っていたら、一緒にいた友人に塩麹で調理しても美味しいですよ、と言われ、じゃあそうする!といって子供達二人と自分の分で、5切れ購入。5切れで2ユーロでお釣りが来たから驚き!!帰宅後早速仕込み。

 

途中で、味噌味にしよう!と思い、冷蔵庫を漁っていたら、ゆず味噌を発見!お〜では、ちょっとみりんでといて、魚に塗り込んで焼いてみた。

 

IMG_20170601_210707948.jpg 

 

ファッロとラタトゥイユと鯖の塩麹味噌焼き。ミスマッチのように思われたが、美味い!!自画自賛。しばらくクセになりそう。

 

 

 

 
 
 

145日前

 

ミラノの大聖堂の上にあるマドンニーナ

'O mia bela Madunina..'

 

5月16日
Gesù ci chiede di essere guardato, di essere riconosciuto, di
essere amato.
イエスは、見守られ、認められ、愛されるよう私たちに願っておられます。


5月17日
La nostra speranza è il Signore Gesù che
riconosciamo vivo e presente in noi e nei nostri fratelli.
私たちの希望は、私たちのうちに、そして兄弟たちのうちに生き、存在しておられることがわかる主イエスです。


5月18日
Dio fa crescere i suoi fiori più belli in mezzo alle pietre
più aride.
神は最も乾いた石の間でも最も美しい花を咲かせます。


5月19日
Cerchiamo di tenere sempre alto il
“tono” della nostra vita, ricordando per quale immenso premio esistiamo, lavoriamo, lottiamo, soffriamo.
どんな無限の報いのために私たちが存在し、働く、戦う、苦しむかを思い出しながら、私たちの生活の質を常に高く維持するよう模索していきましょう。


5月20日
La pace va costruita sulla giustizia, sullo sviluppo umano integrale, sul rispetto dei diritti umani, sulla custodia del creato.
平和は、正義のため、完全な人間開発のため、人権の尊重のため、そして創造の保護のため、構築されるものです。


5月21日
Maria ci insegna a sperare in Dio anche quando tutto appare privo di senso, anche quando Lui sembra nascosto.
マリアは、すべてが無意味に思え、神は隠れていると思える時でさえ神に希望をおくよう教えてくださいます。


5月22日
Siamo chiamati a vivere non gli uni senza gli altri, sopra o contro gli altri, ma gli uni con gli altri, per gli altri e negli altri.
私達は、他者がいないかのように生きるのでも、他者の上に立ち、また他者に反対して生きるのでもなく、他者と共に、他者のために生きるよう招かれているのです 。

 

 

5月24日

Preghiamo con i cattolici in Cina, affidiamoci a Maria, per avere la grazia di sopportare con pazienza e vincere le difficoltà con l’amore.

マリアさまに委ねながら、中国のカトリック信者と共に、忍耐に耐える恵と愛をもって困難に打ち勝つよう祈りましょう。

 

 

5月25日

Nell’Ascensione di Gesù, partecipiamo alla pienezza di vita presso Dio. Portiamola già ora nel cuore per le strade del mondo.
イエスの御昇天において、神のもとで豊かな人生を分かち合いましょう。それを日常生活の生き方の中心に運びましょう。

 

 

5月28日

Esorto tutti ad una comunicazione costruttiva che rifiuti i pregiudizi verso l’altro e trasmetta speranza e fiducia nel nostro tempo.
他者に対する偏見を拒否し、私たちの時代における希望と自信を伝えることのできる建設的なつながりをもつことをお勧めします。



5月29日

La presenza materna di Maria ci ricorda che Dio mai si stanca di chinarsi con misericordia sull’umanità.

マリアの母なる存在は、神が人類への慈しみのうちに自ら身を低くすることに決して疲れないということを思い出させてくださいます。

 

 

5月30日

La gioia cristiana viene dallo Spirito Santo, che ci dà la vera libertà e il dono di portare Gesù ai fratelli.
キリスト者の喜びは、真の自由と兄弟姉妹に対し、イエスをもたらす恵みを与えてくれる聖霊から来ています。

 

 

5月31日

Impariamo dalla fede forte e servizievole della nostra Madre Maria, per diventare segni vivi della misericordia di Dio.
神のいつくしみの生きた証となるため、強い信仰と聖母マリアの心配りに学びましょう。



PapaFrancesco‏ @Pontifex_it  


5月の「聖母月」も31日のエリザベトの「聖母訪問」の祝日をもって終了。

 

「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも 目を留めてくださったからです。……」ルカ 1:46~55

エリザベトを励まし手伝うマリアの行為は、神と隣人に対する愛の業。

 

「希望の母」マリア。命がある限り希望はあり、また希望がある限り命はある。希望を捨てないように。

 

マリアに倣い、悲歎ではなく、希望の香りをまき続けましょう。


http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12275072581.html

146日前

 

来週から地獄の夏休み突入。

 

8日の午前中に学校が終わるが、午後からオラトリオ開けるって寛大すぎませんか〜?!(私はあくまでもその翌週からしか行きませんが。。。!)

 

「わたしは仕えられるためではなく、仕えるために来た」 (マタイ20:28)

この言葉の中にどう生きることができるのか、が私の人生のテーマでもあるように思えるが、悲しいかな、「喜んで!」「嬉しくてたまらない!」と言えない自分がいる。

 

毎週、オラトリオの責任者の一人として在籍、続々と申し込みが続いている。(それでいて次男をどうするか、まだ決めかねているのだが...) 昨年、受付の際、普段カテキズモはもちろん、子供をオラトリオにも送っていない男性が、私に対し、”外国人女性”だから、”信用できない”、ということで申し込みを躊躇されたが、今年もやってきた。「外国人の税金は我々が払っている!」とか宣い(それと私がどう関係あるのか!)最終的には、しぶしぶ支払ったけれど、あとから主任司祭に私にお金を託した旨、念を押すためにか電話を入れていたのは、私は知っている。そして、一瞬私の顔を見て、わだかまりがある表情をしたのも捉えたぞ! まあいいんですけどね。私もいちいちそんなことで気分を害していたら、このミラノでは生きていけないし、所詮教会は罪人の集まり。私だって、しょっちゅうぶっち切れているのだ!人を見下す人間に対し、特に、女性を見下す輩に!!(毒舌!)

 

昨年はオラトリオのオーガナイズの悪さに辟易した。また内部でぶつかることも多かった。また唯一心の支えであった司祭がこの秋に移動。どうも私の心はすっきりしない。

 

代母のシスターマリアには常に「信•望•愛」の大切さを毎週聞かされる。ラテン語のFides, Spes, Caritasである。聖ソフィアの3人の娘の名前でもある。余談だが、ラテン語のそSofiaは古代ギリシア語の、智慧・叡智を意味するソピアー(Σοφια)より派生している。

 

「あなた方の信仰に基づいた働き、愛に伴う苦労、わたしたちの主イエス•キリストへの希望に支えられた忍耐...」(Iテサロニケ1:3)

 

信仰は神との出会いから生まれる。それは、愛してくださり、受け入れてくださる方を信頼するという実りある体験。この体験は、信仰者にとって、日常の暮らしの原動力になり、生きるエネルギーとなる。愛されて受け入れられるという神との出会いは、その体験を他者に分かち合い、そしてその人にも実践してもらうこと。愛のそれぞれの形は信仰の行いの一環。愛を実行することによって信仰が更新され、ますます強められていく。「希望」は欲しいものを願い求めることとは異なる。もしあるものが欲しいなら、それを自分の方に引き寄せ、手に入れようとするが、”希望”の場合は、わたしたちが希望に引き寄せられ、導かれていくのだ。つまり希望は、人生の途上で迷子になっても、傷付きながらも忍耐を生み出し、方向性を示してくれる...。 

 

やはり、信じて進むしかないな、と思う。木曜日の午後に行われるラボラトリーでは、工作教室担当。高校生以上のリーダーたちの指導のため来週までにサンプルを作らなければならない。怒涛の学年度末。学校は終わってもいつまで続くんだあ?苦笑

 

毎年テーマソングが設定され、それに合わせたダンスも発表され、毎日ラジオ体操のごとく、朝から踊りまくる。ミックスリストとして数曲発表されるので、オラトリオにいっていれば自然に耳から覚えるのだが、予習予習...

 

 

 

 

 

 

 

http://www.oratorioestivo.it/Objects/Home1.asp

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12273734224.html

 

146日前

 

 

小学生の甥っ子が「中原中也を読みたいというので買った一冊」といって弟がFBに画像を載せていた。

 

中原中也、中原中也...考えてみたら、長男が現在補習校で勉強している現国の教科書に載っていたことを思い出した。けれど、年間プログラム上、それは読まないようだ。残念!

 

一つのメルヘン

 

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

 

陽といっても、まるで硅石か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

 

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくっきりとした
影を落としてゐるのでした。

 

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……(在りし日の歌」)

 

 

「さらさら」という繰り返す表現に何か心地よさを感じる。

いきなり、中原中也のことが知りたくなり、長男の「国語便覧」を出して、彼のプロフィールなんぞを読んでみた。26歳で結婚。男児を授かったが、死の衝撃から神経を病み、結核性の病気で30年の生涯を閉じた...。追憶と哀愁を平明に詠う中也。

 

これは、過去の回想なんだ、と気づいた。普通「さらさら」とは、物に湿り気や粘り気がなく、乾いた感じがあるのだが、ここでは、光、音、水が「さらさら」と表現されている。

 

無機質で喪失感がありながら、なぜか新鮮さを感じる。なぜか明るさを感じる。なぜなのだろう...なぜメルヘンなのだろう?

 

ふとどこからともなく一匹の蝶がやって来て、どこへともなく飛んで行く。それは「思い出」かもしれないし、「希望」かもしれない。けれど、川は流れて行くわけで、未来へ一歩踏み出していかなくてはならないということなのだろう。(かな?)

 

ところで、どうも宇宙戦艦ヤマト2199のワンシーンで、古代守の親友であり、宇宙戦艦ヤマト副長の真田志郎が亜空間ゲートの制御室の中でつぶやく一節が「汚れちまった悲しみに」だったという。ちなみに古代進の兄、古代守が好んでいた詩集の中の作品がこれだったのだそうだ。そこで、小学生の甥っ子が興味を持ったと言うから驚いた。

 

何はともかく、月曜日の朝から、五感的に詩を味わい、物思いに更けてしまった。

 

 

http://nakahara.air-nifty.com/blog/

http://kakiokoshi.hatenablog.com/entry/2017/01/31/034807

 

 

 

 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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