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ミラノの日常 第2弾

94日前

   

 

紫陽花の季節になった。

 

日本にいた時は、紫陽花というと、梅雨時に咲くので嫌いだった。しかも、紫陽花は日当たりが苦手らしい、という記憶があり、「じめじめ」「暗い!」と勝手に思い込んでいた。

紫陽花の花は、植えてある土の酸性・アルカリ性によって、花の色が変るのは、有名だ。色素であるアントシアニンが、花に色がつき始めるにしたがって花の中で合成される補助色素、そして土中のアルミニウムの関係によって、花の色が決まるという。アルミニウムが吸収される(酸性)と花は青くなり、 アルミニウムが吸収されないと(アルカリ性)花は赤くなるという。

 

そして、紫陽花には驚くほど花言葉がある。「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「元気な女性」「あなたは美しいが冷淡だ」「無情」「浮気」「自慢家」「変節」「あなたは冷たい」「一家団欒」「家族の結びつき」などなど。

 

ちなみに、「辛抱強い愛情」に関しては、二度と会えない日本人妻への思いが花言葉になった説、としてシーボルトの話がある。鎖国時代の長崎に来日していたドイツ人医師シーボルトが国外追放になった時(シーボルト事件。1828年)、紫陽花を祖国に持ち帰り「オタクサ」と名付けた。この名前は、国外追放、再渡航禁止処分を受けたシーボルトが、彼が愛した日本人女性•楠本滝を思い名付けたと言われており、そこから「辛抱強い愛情」という花言葉が生まれたとか...耐え忍んで咲く花...うーん、おしんのようだ。

 

個人的には、白い紫陽花が好き。花言葉は「寛容」。色が変わる紫陽花が「映り気」であるのなら、変化を受け入れる「白」というのがあってもいいんじゃないだろうか。

 

ところで、バラのように、「綺麗な花にはトゲがある」というが、「綺麗な花には毒もある」そうで、紫陽花にも毒があるという。花というよりもそれは「葉」にあるそうだが、青酸系の毒だと言う。食べると痙攣や麻痺が起こり、最悪の場合は、死んでしまうこともあるという。殺傷力が綺麗な花にはあるというから、女性同様、見た目の美しだけを見ていたら、痛い目にあうんだな。痛いどころか死に至らしめるほどの猛毒。とはいえ、以前あった婚活女保険金殺人事件の犯人は、決して美人ではなかったんだな。そしてまた、よくこの話をするたび、あの”練炭女”と呼んでいる人がいたな。爆 (関係ないけど)

 

話はずれたが、実家の近所には、あじさい寺と呼ばれるほど、梅雨時になると千本を超える紫陽花が咲き始めるお寺がある。その時期に帰国できないので、見たことはないのだが、それはそれは圧巻だろう。

 

そしてこのミラノのアパートの敷地内の紫陽花も咲き出した。これから徐々に花をつけることだろう。けれど、紫陽花といえば、やはり「梅雨」「雨」。情緒たっぷり七変化を楽しみたいな〜。


http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11287486219.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12185333443.html

 

95日前

 

同じパロッキアのマッテオ(19歳)君のブログのご紹介。彼は脳性麻痺により、歩くことも、話すこともできないが、母親が作ったパソコンのキーボードの配列を示した大きなボードを指差し、それを母親がコンピューターで打つという共同作業によって、ブログを発信している。

 

彼には、言葉という言葉を口に出せなくても、「思考」「意思」「意見」はあるわけで、彼の意見に時に涙し、時に励まされる。葛藤や悩みも人並みにあるだろうが、弱音を吐かず逆に力をもらえる。勇気をもらえる。そんなマッテオのブログを少しずつ紹介していきたいと思う。

 

「思いは世界を変える」

 

僕の体は常に虚弱だ。けれど、僕の思い•思考は常に強い。思いはすべてのこと、そして肉体よりも生き残る。なぜなら、思いは、地球上のこの地で僕たちの使命を成し遂げる方法だからだ。だから、世界のために何かをする可能性はないとは決して言えない。それは常にある。なぜなら思いは常に存在しているからだ。また、それは大きな苦労の中にもある。思いは、常に存続し、常に世界に希望を与える。

 

僕は、人生において沢山考えることができ、僕の思いを、直接知らなくても、読んで理解してくれる多くの人に伝えられることが嬉しい。今、多くの人が見えるものだけを、肉体にとどまるものだけを見るのではなく、共通のことを(?)を考えるようになったことがわかる。

 

僕の思いが、多くの場所に、そして多くの人の心に行き、そしてもし可能ならそれをまた君達が選ぶ遠くの場所へ運び伝えるよう進めてほしい。

 

https://matteonassigh.com/2017/05/01/il-pensiero-cambia-il-mondo/

http://ameblo.jp/sofiamilano/theme-10101941455.html

96日前

自分でもわけわからなくなるほど、多忙な学年末を過ごしている。

 

誰のために、何のためにしているのか?常に意識をしていないと流されてしまう...ちょっと待ってよ~、誰にともなく、独り言。しかし、誰も待ってくれない。苦笑

 

夏のオラトリオの打ち合わせが行われ、気づいたら責任者。あちゃ~。私、毎日出るんですか?それじゃあ(って駆け引きではないけれど)聖歌の選曲はいつまでしなきゃいけないんですか?司祭に文句をいうと、別室に呼ばれ、実は内緒なんだが....と小声で、僕は秋に移動することになった。なので、音楽担当のシスターを支えてほしいと言われる。えっ?!私は逃げられないんですか?ますますドツボにはまっていってしまう。もう私は飽和状態なんですが。

 

そして、これまた気づくと毎日次男の学校へ顔を出している。今週末に行われる学校及び地域の最大のイベントである中世を再現した行列の衣装準備だ。マントは39着準備し、衣装のお直し、また生徒や教授軍への衣装選びのアシスト。男子学生に「デザイナーですか?」と聞かれた。嬉しいね〜。突飛な格好してるもんね。苦笑

 

そんな中、ミレナがやってきた。彼女とは20年ぶりの再会である。

(21年前)

 

彼女と出会ったのは、彼女が23歳、私が24歳の秋。ヴァンクーヴァーのUBC内での語学学校で会った。すでに27年が経とうとしている。

 

彼女とは取ったコースも違うし、共通の友達もいなかったが、彼女から"Hi, girls!!" と声をかけられた。明るいメキシコ人で、ぽちゃっと愛嬌があって、本当にかわいい子だった。ある時、住むところを探している言われ、私がホームステイしていたホストマザーに尋ねると、彼女の趣味でアジア系の学生が多く滞在していたが、メキシカンもいいわね~と言うことで、即受け入れることになり、3ヶ月くらい一緒に過ごしただろうか?とはいえ、彼女はいつも出かけて家にいないことが多かったような気がする。スペイン語しか話せないお母さんが、しょっちゅう彼女の不在時に電話をしてきて、困ってしまい、「今ミレナはいません。」というフレーズ”lo siento Milena non estas aqui"のスペイン語を教えてもらい、毎回そう答えていた。

 

その後、彼女は、当時東京出身の在日韓国人の彼氏を追いかけて来日。いろいろあって、別れてしまったが、それから東京に駐在で来ていたアメリカ人の男性と知り合った。これまたいろいろあって、終止符を打ちついに帰国。それから私は彼女を訪ねてメキシコはグアダラハラを訪ね、数日そこから離れた海へ出かけている間、元彼のアメリカ人から連絡が入り、私が旅行を終え、帰国してから彼に彼女の写真を大量に送った(自らしたのか、頼まれてしたのかは記憶にない)ことで再び火がつき、彼女は東京へ戻り、のち結婚。グアダラハラで行われた結婚式には我が夫婦も出席。我が家よりも1、2歳ずつ大きい、やはり3人の子供に恵まれ、東京に11年、その後台湾に1 2年滞在し、アメリカはシカゴへ戻った。

 

長女のFちゃんとは生まれてから3回ほど東京であっただろうか?我が家の長女も生まれた時に、彼女が実家に来てくれ、やはり2回会っている。

 

今回そのFちゃんが大学の研修でマドリッドに5ヶ月間滞在しており、コースが終了したということで、ミレナがマドリッドに渡り、イタリアを経由して戻ることになり、是非是非会いましょう、ということになった。(前置き長い!)

 

彼女とは20年ぶり。ちょっと待って...会話はもしや英語?ギリギリになって焦り出した。もう何年も英語なんて話してないし...どうすんの!実は、当時のホストマザーがFBで友人になっており、スカイプで話そう!と何度も言われたけれど、「ムーリー。英語が出てこないし...」と断ると、「あらっ初めてあった時もそうだったじゃない?」と言われたが、その時よりも完全に悪化しているし、時によっては英語とイタリア語の発音までがごっちゃ混ぜになってしまうのだ。そりゃまずいでしょ。

 

ミレナとは、messengerでやりとりしていたが、何時にミラノ入りかわからない!なので、その日の予定も立てられない。思い立って、聞いていた彼女の宿泊先に電話を入れたら、ちょうど到着したとのこと。すぐに電話で話せたのだが、まー、単語はでてこない、しどろもどろの英語。ごめん、ごめん。と言いながら夕方ドウモ前で待ち合わせ。

 

私は5分前に到着。彼女は約束の10分後到着。27年前と一緒。私がキョロキョロ周りを見回していると、遠くから"T子〜!!”と呼ばれ、気づいたと同時に、お互い走り抱き合って二人で泣いてしまった。お互い腕をさすり、変わってないね〜と言い合う。20年ぶりだが、27年前、二人とも海外で子育てをするなんて思ってもいなかったし、しかも誰がお互い3人の子持ちになると想像できただろうか?

 

お互いの近況はFB上で何気にわかるが、普段はどういった活動をしているか歩きながら報告しあった。スフォルツェスコ城の前の噴水に腰掛けながらしばらくおしゃべりをし、城の中に入った。スフォルツェスコ城の歴史を聞かれたが、ミラノに長く住んでいる割りに、.....。正直答えられず。おかしいなあ、数年前にItamaの生徒を連れて、見学してちゃんと城の歴史云々勉強したのになあ。次男が横で説明し、それを私が、しどろもどろの英語で説明する。「オ母サン、ダメネ。」まだ覚えている片言の日本語で次男に話しかける。

 

その後、レストランへ移動。あんなに英語ができなくて、困った、困った...と思ったが、一度話し始めるとなんとなく感覚が戻って来る。いろいろな思い出や近況などを話した。

 

本来なら、これから移動するヴェネチアやローマに同行したいくらいだったが、どう考えてもこの時期は無理。また会うことを約束し、別れた。次は、子供達も一緒に家族で会いたい。

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12267440017.html

97日前

 

 

5月1日

San Giuseppe dia ai giovani la capacità di sognare, di rischiare per le cose grandi, le cose che Dio sogna su di noi.

聖ヨセフ、どうか若者たちに夢を見る力を、そして神がわたしたちのために夢を見るような大きな仕事をするために、危険を恐れず挑戦する力をお与えください。

 

 

5月2日

Facciamo crescere la fraternità e la condivisione: è la collaborazione che aiuta a costruire società migliori e pacifiche.
兄弟愛と分かち合いを育て上げましょう。それは、より良い平和的な社会を築くために役立ちます。

 

 

5月3日

Il nostro atteggiamento sia mite e umile, attento alla cura dei poveri.
私たちの振る舞いは穏やかで柔和で、そして貧しい人たちに対する配慮が細かくありますように。

 

 

5月4日

Lasciamoci sorprendere dalla novità che solo Cristo può dare. Che la sua tenerezza e il suo amore muovano i nostri passi.

キリストだけが与えることのできる新しさに驚かされるにままにいましょう。彼の優しさと愛が私たちの歩みを導いて下さいますように。

 

 

5月5日

Attraverso i tempi, il Risorto non si stanca di cercare noi, suoi fratelli smarriti nei deserti del mondo.
時代をわたり、復活されたキリストは世の砂漠の中さまようご自分の兄弟姉妹たちを探し続け、疲れることはありません。

 

 

5月6日

Rallegrati, perché la tua vita nasconde un germe di risurrezione, un’offerta di vita che attende il risveglio!
喜びましょう。あなたの命には、目覚めることを待っている命の申し入れである『復活の種』が隠されています。

 

 

5月7日

Lasciamoci provocare dalle parole e dai gesti di Gesù, accogliamo da Lui una vita pienamente umana, lieta di spendersi nell’amore.
イエスの言動に導びかれながら、また完全に人間らしく、愛の中で過ごす喜びを受け入れましょう。

 

 

5月9日

Tutti hanno un contributo da dare alla società, nessuno è escluso dall’apportare qualcosa per il bene di tutti.
誰もが社会に何か提供するものをもっています。すべての人の善のために何かを貢献できない人は誰もいません。

 

 

5月10日

Dio è più grande del nulla, e basta solo una candela accesa per vincere la più oscura delle notti.
神は何においても偉大な方。夜の闇に打ち勝つために、ろうそくを灯すだけで十分です。

 

 

5月12日

Chiedo a tutti di unirsi a me, come pellegrini di speranza e di pace: le vostre mani in preghiera continuino a sostenere le mie.
希望と平和の巡礼者として、私ともに一緒に祈ってください。: 祈りの手が私を支え続けてくださいますように。

 

 

5月13日

Ogni volta che guardiamo a Maria torniamo a credere nella forza rivoluzionaria della tenerezza e dell’affetto.
聖母マリアを見つめるたびに、優しさと愛情の革新的な力を信じることに立ち戻ります。

 

 

5月14日

Fatima è soprattutto il manto di Luce che ci copre quando ci rifugiamo sotto la protezione della Vergine Madre per chiederLe: mostraci Gesù.

ファティマは、イエスを示してください、といっておとめマリアに保護を求めるとき,光のマントで私たちを包んでくださいます。

 

 

5月15日

Per seguire fedelmente Gesù, chiediamo la grazia di farlo non a parole ma nei fatti, e di avere la pazienza di sopportare la nostra croce.
イエスに忠実に従うために、言葉ではなく行為で、そして私たちの十字架を担う忍耐を持つ恵みを求めましょう。

 

PapaFrancesco@Pontefix_it

 

〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜

 

 

5月は「聖母マリア」に捧げる月。

 

パパ様は、5月10日の一般謁見にて「希望の母」としてマリア様に注目し、言及された。 

 

ご自分の身に何が起こるか理解できなくても、全ての言葉、全ての出来事を心の留め(あえていうなら「呑み込む」)”Fiat"「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」とマリア様は、神への従順の長い道のりの始まりであったことだろう。 マリア様の生き方は、「忠実」そのものであった。

 

そして、イエスの受難を前に、そして息を引き取られた十字架のそばでただ”Stabat"「立っていた」(ヨハネ19:25)とある。その感情は一切表現されていないが、子供の使命を理解できずも死を見つけ、苦しみを受け入れ、神を一途に信頼する。母親であれば、子供を身ごもり、母となる喜びを感じる時、必ずこの子のためならなんでもできる、という確信が起こる。それは母親としての本能なのだろう。きっとマリア様も神への忠実と母親の本能が"Fiat”に含まれているのだと思う。

 

 主の復活の光に包まれて、教会が誕生した日、私たちはイエスの弟子たちの共同体の中に「希望の母」としてマリア様を再び見ることができる。パパ様は、「マリアは私たちに、虚無的状況においても待つことを教え、世の悪の前に神が隠されたように見える時でも、神の神秘に常に信頼することを教えてくれる」とおっしゃった。

 

 マリア様に倣い、また、私たちも困難にある時、いつも歩みを支えてくださるよう、マリア様に祈りたい。

98日前

 

 

自分自身ならいざ知らず、他人のダイエットは本人がやる気にならないと始まらない。

おデブの夫と息子達。ずっとダイエットをさせようとしたが、続かない。
夫と次男が炭水化物ダイエットを始めたが、はたからみてると結構御都合主義のように思える。運動と言ったって、夫はゼロ。週末歩くだけ。次男に関しては、空手も、波がある。きっとこのままだと死にますよ、と医者にダイレクトに言われるか、それとも何かがきっかけで(例えば、次男の場合、好きな子ができる、とかあの服が着たい!!など...)美意識が生まれない限りもう無理だろうな...と思っていた。


我が家の場合、私以外はみな体型がよく、顔はあんぱんまん。何が問題って長男、次男は成長期とはいえ、時間や量に関わらず食べすぎる傾向がある。しかも流し込む。そしてすぐにソファやベッドに横になる。夫も然り。自堕落なデブには絶対なってはいけない。毎日動かず食っちゃ寝じゃデブの極みでしょ。

 

とはいえ、会うたびに私に、「ドキンちゃん」に似てるよ、という友人がいる。結局我が家は、”アンパンマン•ファミリー”かい?! ちなみに、「ドキン」の「キン」は、バイ菌の「キン」で、ドキンというのは、「見てドキンとする」という意味だそう。どう”ドキン”なんだ?苦笑 まあ、ドキンちゃんの魅力というのは、自由奔放。そして、自分らしいわがままがあるというところ。ここは自分らしくありたい、譲れない、という部分を強調しているところは、ある意味、私に似ているのかもしれないな。爆 私は小悪魔か?!

 

話はもとい、子どもの肥満のほとんどは単純性肥満(原発性肥満)といって摂取エネルギーが消費エネルギーを上回っているために生ずるという。つまり食事・おやつ・ジュースなどの過剰摂取、食事内容のバランスの悪さ、さらに運動不足などによって起こるものがほとんどだそう。日本でも70年代以降食生活やライフスタイルの変化が理由とされるが、ここはイタリア。食生活、そしてゆったりなライフスタイル...気を抜いたら、だれもが太ってしまう。苦笑

 

ところで、数年前、次男は膝が痛いと言って、パパ友の整形外科を訪ねた。原因は扁平足によるものだった。扁平足によりアキレス腱は引っ張られ、硬くなる。そうなるとふくらはぎやかかと、下手すれば膝まで痛くなるという。その最悪の状態だったわけだ。しかも肥満気味。

 

「運動は何をしているの?Sumo?」と冗談を言われたくらいだ。そして4Pに気をつけるよう言われた。pane, pizza, patate, pasta。パン、ピッツア、ジャガイモ、パスタ。どれも次男の好物ばかり。苦笑 ちなみに、やはりパパ友ドクターは侮れない。とにかく、パッと見た瞬間、どこが悪いか言い当てる体。もともと長女の親友の父親なのだけれど、長女の歩き方を指摘。それも扁平足が理由。私も一瞬、足元を見られ、嫌だな、嫌なだ...と思っていたら「靴下かかわいいね。」と言われ、脱力したことがある。

 

とにかく、肥満が体にいいわけがなく、そして日本ではそれがいじめの原因にもなるという。恐ろしい...

 

父親と始めた炭水化物ダイエット。微妙に体重が減った。普段は長続きしないのだが、ちょっと嬉しかったらしい。それで火がついた。夜はご飯を食べない。肉も少量。野菜中心の生活。そして、朝、起きられなかった子がとりあえず自分で起きている。その後、TVを見たり、ゲームをしているのは問題なのだが、今この時点で多くは求められず。

 

まあ、初めからスピードを出しすぎてはダメだろう。徐々に、徐々に。そして、やっとやる気になっているところを上手に引っ張ってあげないと...と思う。全てバランスが大事。

 

とはいえ、目標は10キロ減量なのだそうだ。私の弟は身長189センチ。夫は185センチ。長男は183-4センチだろうか。でもきっと次男が一番大きくなるような気がする。でもやっぱり、体も頭もスマートじゃなきゃね。

 

どこまで続くかなあ。体重の移動もグラフにつけ始め、この夏が楽しみ。ù

日本小児分泌学会HP

http://jspe.umin.jp/public/himan.html

https://karada-navi.com/body-kids/diet-kids/522/

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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