Welcome!

ミラノの日常 第2弾

73日前

 

四旬節第1金曜日。

私が所属するミラノ・サンシーロ小教区では毎年この日に、小教区内の一教会がホストとなって(毎年順番制)他教会の信者とともに祈りを捧げてきている。考えてみれば、私が洗礼を受けたのは、11年前の復活祭だが、10年前の四旬節第1金曜日に小教区にて、「洗礼の告白」を教会代表でした。あれから10年。

今日はちょっと不便な場所だったので行かなかったが、明日の土曜日の夕方にも、我がパロッキアにて小教区の信者が集まり、ミラノ大司教代理司式のミサにあずかる。

先週一度だけ、別のパロッキアの聖歌隊と合同練習をしたが、指導が厳しいのなんの!自分のパロッキアがいかに甘いかを知らされた。ラテン語、ドロドロ...毎日youtubeを聞いているが、難しすぎる!

ところで、四旬節では伝統的に食事の節制と祝宴の自粛が行われ、償いの業が奨励されてきた。

伝統的に、四旬節の節制は、祈り、断食、慈善の3点を通じた悔い改めの表明と解される。とはいえ、現在のイタリア内でのカトリック教会での様子はどうだろうか?いやはや、個人の問題とはいえ、節制ってどうなんでしょ?慈善活動ってどうなんでしょ?と感じる。

四旬節中に食事の節制を行う慣習には実践的な意味もあるとされている。というのも、古代世界では秋の収穫が初春には少なくなることが多かったため、春に入る時期には食事を質素なものにして乗り切らなければならなかったのである。健康に対する心かげも同じ。デトックス、デトックス...

また、典礼的に言うと、喜びを抑える時期という伝統から、カトリック教会のミサやルーテル教会の礼拝では、四旬節中は「栄光唱」(グローリア)、「アレルヤ唱」が歌われない。また、福音朗読の前のアレルヤ唱は詠唱に代えられる。

 

そして、忘れちゃいけない。大斎•小斎もある。大斎は、1日に1回だけの十分な食事と、その他に朝ともう1回わずかな食事をとることができ、満60歳に達するまでのすべての成人が守る。小斎は、肉類を食べないことだが、各自の判断で償いの他の形式、とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行をもって代えることができ、満14歳以上の人が守る。どちらも、病気や妊娠などの理由がある人は免除。大斎と小斎を守る日は、灰の水(日)曜日と聖金曜日(「復活の主日」直前の金曜日)。小斎を守る日は、祭日を除く毎金曜日。

そして、四旬節中の金曜日、正式には午後3時頃、イエス・キリストの受難を思い起こす儀式である「ヴィアクルーチス」(十字架の道行き)を行う習慣がある。この十年通い続けているが、来ているのは、ほとんどがお年寄り。昨年まで金曜日の午前中はItamaがあったし、現在はイタリア語講座から大急ぎで帰宅し、昼食を子供達と食べ、パロッキアへ行くが、座った途端に睡魔に襲われる闘いの時間。

今日もしんどかったなあ。苦笑

 

主よ、あなたの扉を閉じないでください。

たとえ、私が時間かかり、遅くなったとしても。

どうぞ、扉を閉じないでください。

私は扉を叩きにきました。

あわれみ深い主よ、涙に濡れながら

あなたを探しに来たものに、

扉を開けてください。

あなたの宴に私を招き、天国のパンを

私に授けてください。


最後に司祭の趣味?か守護天使への祈りも捧げられた。

Angelo di Dio che sei il mio custode,
illumina, custodisci, reggi e governa me
che ti fui affidato dalla Pietà Celeste. Amen.
守護の天使よ、
主のいつくしみによってあなたにゆだねられたこのわたしを照らし、守り、導いてください。アーメン。

 

 

 



http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12253728444.html

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11181370717.html

75日前

郷に入れば郷に従えという言葉がある。"Quando a Roma vai, fa' come vedeai." /"When in Rome, do as the Romans do"

 

20年以上イタリアに住んでもいてもどうしても、受け入れられないものがたくさんある。

 

自分を棚に上げて、文句ばかり言う。謝らない。言い訳をする。働かない。ここは、本当に先進国なのか?

 

期待しない。怒らない。...20年以上前よりは、これでも丸くなった私だけれど、ぶっちぎれるー!!ということは多々ある。

 

ところで、この2年の間、私は自宅の電話のプロバイダーを2回変えた。まだまだ競争の少ないイタリア。値段やサービスを見ながら、上手に渡り歩く方がいいよ、と友人にアドバイスされ、その時、その時調査をし、変えてきた。が、どうも納得いかない。今思うと、一番初めに使っていたプロバイダーが高かったが、一番良かったと気づく。そして競争社会となり、月額も当時の半分以下になってきているから驚いた。

 

ちなみに、プロバイダーを変える際、諸手続きはすましても、永遠に請求書が届くというケースも多く、放っておいて、裁判沙汰になっている話も聞く。そういう意味じゃ、過去利用した2社は単に私がラッキーだっただけのことかもしれないが、手続きもスムーズに、余計な請求書もくることなくやってこられた。...今利用している3社目にあたるまでは。

 

昨年、6月の半ば、まだ日本へ発つ前に自宅の電話のプロバイダーを替えた。5-7日以内に確認の連絡が行き出発前にはすべて整い、しかも支払いも約半分になると踊らされた。まあ物事スムーズに行くことを期待した私が馬鹿だった。ありえないでしょ、ここはイタリア。

 

私が出発し、しばらくしワイファイが入らない!と長女から連絡をもらった。でも電話は使えるという。どういうこと?考えられるのは、電話はそのまま切り替わり、Adslに関しては、モデムが違う、つまりプロトなんとかやらが違ったらしい。

 

日本から戻ってきて、詳細は忘れてしまったが、やはり何か問題が起き、しかも請求書が届いていなかったので、プロバイダーへ電話した。流れるテープを聞きながら、対処してほしい内容の番号を選び進んでいくのだが、どうもうまくいかず何度も電話を切ってはかけ直し、やっと連絡がついた。詳細を忘れてしまったくらいだから、大した問題ではなかったはずだが、請求書は9月末には届きます、と言われ、半年。未だ請求書が届かない。どういうこと???

 

そして、あまりにもwifiの電波の調子が悪く、1日に何度もネットが使えなくなる。今時ありえないでしょ?しかも、やたら安い!と思ったら、固定電話にかかってくる電話をとると加算される仕組み。ありえないでしょ?そして、家にかけてくるのは、夫か勧誘の電話か、無言電話。挙げ句の果てに、ネットの使い勝手が悪いのは、ママが何も考えず、調べずプロバイダーを変えたから悪いとのたまう子供達。えーっ?!私のせいですか???

 

結局、契約期間が短く、罰金が課せられたとしても、なんとかしなければならないと思っていたところに、一番初めに使っていたプロバイターから勧誘電話がかかってきた。普段だと受話器を取った途端、勧誘だ!とわかると、そのまま切ってしまうが、思わず聞き入ってしまった。光ファイバーで契約料も現在のものより微妙に安い。

 

昨年の春に帰国した友人に愚痴ると、「イタリアらしいな」とさらりと笑う。そう言う問題を一つずつクリアしていくのが、イタリアで生きていく醍醐味で楽しかったなあ~と酔いしれていた。そうか、そう言うものか。渦中にいるとこの世の終わり、不幸のヒロインになりがちだが、どれも気楽に、なる様になるさ、と対処していった方が人生面白おかしく生きていけるのかもしれない。

 

話は戻るが、仕方なく、 ついに再び?三たび?プロバイダーを変えることを決意。1月24日技術者がやってきて、回線を変え、やっと光ファイバーになる!!と思いきや、地域の電話交換の制御システムだか何かの不具合で、すぐに使えない、というではないか?じゃあいつできるの?というと、わからない。様子をみて連絡する....といって彼は帰ってしまった。ありえないでしょう???

 

それから、何度も電話をしたが、技術者より連絡を入れさせます、といって具体的日時が決まらず。あれから、1ヶ月半が経ち昨日やっとやってきた。ストだったから、家にいたようなもので、そうでなければ、また空振りだったはず。

 

残念ながら、家の電話番号は変更することになったが、これでしばらく無言電話や勧誘の電話からは解放されそうだ。

 

さあ、今度はこれから以前のプロバイダーとの契約解除、そしてモデムの返却が一発でうまくいくかどうかが問題だ。ここはイタリア。あまり期待はできないが、ぼちぼちやっていくか...

 

 

76日前

今年の1月末にヴァチカンのギャラガー外務官が安倍総理大臣を表敬訪問したのは、記憶に新しい。

 

また今年に入り、遠藤周作著書、スコセッシ監督による映画「沈黙」が公開され、何かと話題になった。

 

日本とカトリック教会との関係は, 1549年イエズス会士フランシスコ・ザビエルが当時の日本の 南端にある薩摩藩を訪れたことに始まる。イエズス会士など宣教師が西日本を中心に布教、多くの信徒が誕生し日本からは, 1585年に天正遣欧少年使節が、1615年に慶長遣欧使節がバチカ ンを訪問し当時のローマ教皇に拝謁。

 

しかし, 1614年, 徳川幕府はキリスト教信仰を禁止し, 布教は厳しい弾圧に遭い, 1644年以降、カトリックの司祭は誰一人いなくなり、カトリック信者は密かに「隠れキリシタン」として信仰を続けざるを得なくなった。鎖国, キリシタン禁教と殉教の時代を経て、明治時代の初めに禁教令が解かれて、現在に至るという470年余りの歴史をもっている。

 

日本政府は第2次世界大戦中の1942年にヴァチカンと外交関係を結び, 今年は、外交関係が樹立され75周年を迎えることになる。そこで、上記ギャラガー外務長官が訪日したわけだが、昨年の5月には秋篠宮殿下ご夫妻がパパ様を表敬され、またミラノにもいらした際もイタリア中で話題となった。

 

この機会に, 現在の日本とヴァチカンの関係を見てみると、2014年にNTT データとキャノンが, ヴァチカン図書館所蔵の手書き文献約8万冊のデジタル化事業に参加している。これら 文書がデジタル化されれば, 容易に貴重な資料へのアクセスができることになる。また, 遡れば, システィーナ礼拝堂のフレスコ画の修復は,日本の民間テレビ局である日本テレビの協力により, 13年の年月をかけて行われ, 1994年に完成。さらに, 2015年には, 凸版印刷とヴァチカン図書館の共催により, 東京で「ヴァチカン教皇庁図書館展」が開かれている。なお,東京印 刷博物館では, デジタル化されたシスティーナ礼拝堂を見ることができる...などなど。

 

昨日、機会があって、在ヴァチカン大使館の参事官にお会いする機会を得たが、この記念すべきこれからの1年の間に、記念事業として、両国での記念式典、記念ミサとレセプション、シンポジウム、記念コンサート、能の実演はじめ和食、茶道、華道など日本文化紹介などが計画中だそうだ。ミラノからも駆けつけられるといいのだが...

 

ちなみに、この記念企画には、「日本ヴァチカン国交樹立75周年」ロゴというものがあるが、使用に関し、承認申請書及び誓約書を大使館に提出せねばならず、まだ団体または個人の活動内容、概要も必要だというので、とりあえずロゴ使用は省略。(涙)

 

余談だが、ギャラガー外務間訪日の際、安倍総理大臣は、核廃絶に向けた協力を確認するとともに、パパ様の訪日を招請。 席上、首相は「法王に被爆者への祈りをささげていただくことは、核兵器のない世界実現のために大きな力となる」と強調されたようだ。

 

余談その2。私は「パパ様」と書くけれど、ローマ法王、ではなく「ローマ教皇」が正式。日本の司教団は、1981年2月のヨハネ・パウロ2世の来日を機会に、「ローマ教皇」に統一するよう呼びかけているが、マスコミでは、なぜか「ローマ法王」のまま。ちなみに、東京にあるローマ法王庁大使館も名前はそのまま。その理由は謎。苦笑

 

 

http://www.va.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html

77日前

再びバドミントンの練習に出かけてきた。先日の練習では翌日、または翌々日あたりにすごい筋肉痛が出るのでは?と心配になり、湿布を思い切りミイラのように貼って寝た。おかげで、多少の痛みはあったものの、動けない。笑えない。ということは避けられた。強いて言えば、右手首から肘にかけた前腕筋群が痛み、古武道の簪の稽古がきつかったかな。空手の稽古ではスクワットをする際、握力をつけるため、軽く拳を握る練習をするが、バドミントンでもそれが必要。ただし、一日1000回して!というから、ひえ~っと思ってしまった。

 

今日の出席者は3人プラスコーチ。いやいや、30数年ぶりの2回目の練習だ!っていうのに、スパルタ教育! 打点の位置だって感覚つかめてないし、基本だっていまひとつなのに、高度なテクニックなんて記憶の片隅にあっても使えない。頭でわかっていても、まず足、下半身がついていけないのだから。あ~っ。お~っ。なぜか叫び声だけ響く。苦笑

 

ところで、今朝、Decathlonという大型スポーツ店へ出かけ、バドミントン用のラケットを購入した。はっきりいってちゃちいものばかり。3ユーロあたりからせいぜい20ユーロ程度。45ユーロというのが一本だけ残っていたが、他のラケットとの違いがわからず。とりあえず20ユーロのを購入し、クラブか日本でいずれ買えばいいかな?と思っていた。ちなみに、ラケットのカバーが売っておらず、仕方なく、スカッシュ用のケースを購入。肩にかけて自転車で出かけたら、太極刀の時と同様、忍者と間違えられるだろうか?笑

 

クラブに行くと、在庫のヨネックスのラケットがあるから、といって一本準備されていた。おいくら万ユーロ?というと60ユーロというではないか。日本では、最低でも1万円前後はするし、2万円代もザラ。60ユーロならアリでしょう?またまた買ってしまった。

 

 

今日は上下アルマニー二のスポーツウエア。外側から決める超ミーハーな私。それにしても、サーヴィスもスマッシュもドロップもいまひとつ。打率50%以下。「下手やな~。」「人の話聞かないし」とコーチに言われる。高校時代もよくコーチに「このタコ!」と叫ばれていたことを思い出した。

 

コーチ70歳代。生徒、40歳代、私年長。あ”~。なぜ、ここまでにして皆ストイックなんだ?しかし、楽しい。汗が気持ちいい。これからコーチがしばらく一時帰国されてしまうので、個人練習として壁打ちも大切だと言われた。ちょっと練習のため、壁に向かって打ってみたが、白いシャトルに白い壁。「見えませーん!」その時点でアウトだな!笑 近距離で、しかも正しく打てば、必ず正しい位置に戻ってくる。これを最低10回は続けよう!という。5回でやっと。10回、20回と続くようになれば、ラケットの面も正しいという意味だ、とおっしゃり納得。

 

とはいえ、元体育会系女子。練習のあとのビールだけが楽しみ! しゅわしゅわ系でもオッケー!オヤジか? 苦笑

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12249805289.html

 

79日前

今日からミラノのアンブロジアーノ典礼も四旬節に突入し、「灰」の儀式に授かった。

 

 

「四旬節」とは、公生活に入る前のキリストが荒野で40日間の断食を行ったことを思い起こし、復活祭までの主日(日曜日)を除く40日間、悔悛し、祈り、断食や節制、施しや愛徳の実践を通して、キリストの復活の記念によりよい形で与る準備をする期間である。

アンブロジアーノ典礼での四旬節第1週は、ABC年に関わらず「荒れ野での誘惑」(マタイ4:1-11)の部分を読む。


「灰の日曜日」には、死と痛悔の象徴である灰を、頭や額に受ける「灰の式」が行われるが、ここでは、前年の「枝の主日」(復活祭直前の日曜日)に祝福されたオリーブの枝を燃やした灰が使用される。(が、我が家には毎年オリーブの枝が溜まっていく..あちゃ〜。)聖歌はPurificami o Signore 詩篇51篇「罪とゆるし」の歌である。

 

 

私を清めてください。雪よりも白くなるように。

詩篇はダビデ王に書かれたもので150篇にまで及ぶ。彼は自分の悪事を認めて後悔する内容の詩が7つあるとされているが、特に51篇は、信仰を揺さぶる内容ではあるが、罪を悔い改めた人の心を慰めるために書かれたものだと言われている。

ダビデは、自分の心の中にある救いようのない罪深さを直視し苦しむが、そこからも神の力と哀れみを見出し、その結果、どのような罪でも、へりくだって神に近づくのなら、神に赦された者は、清く生まれ変わる希望をあたえてくれる。ちなみに先週、参列したご近所のおじいちゃまの葬儀の入祭の歌も この曲だった。身を綺麗にして天国に向かうともとれるか...

 

四旬節のテーマはある意味、自分を荒れ野に置いてみることかもしれない。そこで、もう一度、神とのつながり、人とのつながりを見つめ直す必要がある。生きるのに、ギリギリのところだからこそ、この自分を生(活)かしてくださる神を思い、同時に苦しい状況の中で生きている兄弟姉妹たちとの連帯、ソリダリエタを思う...。

 

あなたにとっての荒れ野とはなんでしょうか。

 

 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

7日 48 総合 1611 いいね

↑投票してね!

人気投票ボタン配置はこちらから



ミラノのそふぃあさん新着記事



過去記事

ミラノのそふぃあさんへの新着コメント




ミラノブログ・Facebookページ人気ランキング

1位 パドヴァのとっておき。
2位 ミラノ駐在ブログ
3位 Rapporto!?da Genova(New)
4位 Tatsunosuke Satake blog
5位 mimitalyの新☆イタリア生活 ~歌をうたいたい~
6位 ミラノの日常 第2弾
7位 ☆ レインボーの光と宇宙の無限の愛に包まれて ☆宇宙と共鳴してわくわくしよう!☆
8位 ミラノ(イタリア)を制覇するブログ


あなたのブログ・Facebookページをもっと多くの人に読んでもらいませんか?ミラノでのブログ・Facebookページをお持ちの方は是非ご登録下さい。

ブログ・Facebookページ登録