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ミラノの日常 第2弾

6日前

今日からサローネが始まった。

 

朝一番にFB上で友人がJapan Design Weekのあるトルトーナ地区の"SUPERSTUDIO”は朝から長蛇の列ができていると言っていたので、断念。

 

聖書の会に出かけ、帰りがけに目と鼻の先にあるミラノ大学に足を伸ばしてみた。

 

  イタリアの大学は日本のように、全員が同じ日に卒業するわけではなく、卒論をだしてその受け入れ状態?/結果によって時期がまちまちらしい。イタリアの大学の卒業式の象徴でもある、月桂樹の葉の冠をかむった学生を校内でたくさん見かけた。

 

  月桂樹の葉は、聡明や知性を表す象徴。

 

ちなみに大学最終学年(3年)の長女は、授業が最近終了したようだが、これからテーマを書き始め、卒業見込みは来年の3月ということ。あまりにも日本と違いすぎて唖然としてしまうが、今回の大学見学でも、今日が卒業式!という人も多く、ちょっと胸が熱くなった。(全くフォーリサローネに関係なく...)

 

ところで、明日はガナリア隊のオリジナルメンバーであった画家の友人が、ミラノ•イゾラ近くのセレクトショップ•”L'isa"にて、ジュエリー作家とコラボレーション展示を行うそうで、日本公演から帰国したばかりの師匠と相棒•ヴァルテルの"Tinsagu Project"もオープニング•パーティーに花を添えるそうだ。

 

そりゃあ、行くしかないでしょ!ということでまた出かけてきます!

 

 

https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12368131105.html

7日前

4月15日は私の12回目の洗礼記念日だった。

 

自分の洗礼と同時に、自分の教会に通いながら、在ミラノカトリック日本人共同体、ここ数年では地元のパロッキアの聖歌隊、オラトリオでの活動...と今に至っている。月に一度発行される日本人共同体の会報を5年書いていたが、会報は業務連絡ではなく霊性なものではなくてはいけない、と言われやたらカトリック関係の本やサイトを読んでいた時もあった。今では、やった分、経験と力になったと思うが、やはり大切なのは信仰心。

 

祈り、神との対話も大切だが、やはり生きている限り、人間関係は不可欠。つまり日々の生活の中で神と出会う。日常生活の中で、いかにキリストの精神で人に接し働くかが大事ではないだろうか。

 

この15日は日本人ミサで久々ローマ典礼でミサにあずかったが、第2朗読の使徒ヨハネの手紙は背筋が伸びる思いだった。

 

「神を知っている」と言いながら、神の掟を守らないものは、偽りのもので、その人の内には真理はありません。しかし、神のことばを守るなら、誠にその人の内には神の愛が実現しています。

 

と言っても、きれいごとばかりではない。わりに、日本人共同体では、人同士ぶつかることもなく、お互いが助け合って、尊重しあって、感謝することが多いのだが、これが地元の聖歌隊、オラトリオ...となると全く同じようにはいかない。人種が違うからか?笑

 

ところで、以前パパ様は、一般謁見にて受洗記念に関し、こうおっしゃっていた。

 

「私たちの受洗日は私たちの教会での誕生日です」

「人が教会に所属しているのは、会社や政党、または他の組織に入っているようなことではありません』
「その絆はとても大切です。ちょうど誰かと自分の母親との間にある絆のように。教会は本当にキリスト者の母だからです」

 

しかし、パパ様はこうも仰った。

 

私たちは人が自分の母親を愛しているように、教会を愛しているでしょうか?また同時に、教会の欠点を知るすべを知っているでしょか?」

「どんな母親にも欠点はあります。誰にでもみんなあることです。でも私たちは母親の欠点について話そうとしても、かばいます。母親を愛しているからです」

「教会にも欠点はあります」

 

いやあ、確かに。保守的で、それでいて自分が正しいと思っている人が多く、相手を受け入れない人がどれだけ多いことか!教会内がこれじゃあどうするのよ、と常に思う。

 

そして、私の教会生活の中で一番の挑戦はやはり”オラトリオ”だ。躾されている、優しい子供たちの集まりだったらどんなに良いだろうか?と思う。我がパロッキアに関しては、ミラノの中でも特に特殊で、信者自体が敬遠し、カテキズモはさせても子供はオラトリオには通わせたくない、と思っているイタリア人は多い。我が家の場合は、子供たちの方から拒否反応を示した。国籍、宗教にかかわりなく、遊び場を求めてやってくる。家庭は子供を放置状態。言葉遣いは汚く、やたら喧嘩っ早く、やたら上下関係(だからといって上下関係に見られる尊敬や謙遜は見当たらず)に区別したがる...

 

喧嘩は日常茶飯事。ただ、どこまでが冗談で遊びなのか、本当に喧嘩なのかわからない。数週間前にはついに警察を呼ぶこともあった。ロム(ジプシー)の大人といってもまだ十代後半かもしれぬが、サッカーをし始めたが、ボールが司祭館の2階のテラスに入ってしまった。これは、司祭館の居間から外に出なければならず、それはだれもが勝手にできることではないので、そのうち司祭が片付けるから放っておいて(ボールはオラトリオのもの)といったにもかかわらず彼らは壁をよじ登ったのはいいが、どこから降りるべきかわからず、建物の窓を外から開けようとしているところを、主任司祭にみつかってしまったのだ。個人の建物に侵入したのならば、これは警察を呼ばなければ ならない、と司祭はいきり始めた。(少なくとも司祭がいたから私は助かったが、不在であれば私一人でどう対処すべきだったか、想像するだけでも発狂しそうになる。)はじめは、私が登っていいといった、というものだから、私もブチ切れた。私ははじめから絶対入ってはいけないっていったでしょ?と感情的になってしまった。そして、司祭もかなり感情的になっていたので、彼らは「知らなかった。あやまるよ」といってきたが、知らないはないでしょう?そんなの常識だわ!と思っても、一般常識は彼らには伝わらない。

 

そこで、今日はオラトリオをもう閉める!もうみんな外に出ろ!と司祭が感情的になってしまったのものだから、相手も逆上し始め、今日は帰らない!と言いだしたから、いい加減にしろー!と思ったものだ。その後もずっと平行線。一時が万事。彼らがやってくると、必ず何かが起きる。

 

ところで、家庭的な事情で近々、一時帰国することになった。日本の実家の事情、ミラノの家の事情、どちらをどうすべきか悩むことだが、全てが皆のためになる。ママ、行った方がいいよ、と長女が後押ししてくれた。特に子供達には、大変だが、日々の暮らしの中で見えていなかったことや自分の甘さを感じ成長していて欲しいと思う。

 

そこで、私の不在で一番困るのは、司祭だろうな...と思い、通告するのを躊躇ったくらいだ。他にだれがいる?最近、火曜日の担当者が、常々オラトリオに来る中高生の態度に辟易していたのだが、わざとではないにせよ、ボールが顔に当たったことがきっかけでブチ切れて辞めてしまった。その穴埋めさえできておらず、司祭が4時に門を開けても早く閉めてしまう。教会のお手伝い、いいですよ、と言ってくれる人はいても、オラトリオ、というだけで、あっそれは...と皆躊躇する。やはり移民やロムたちの顔が浮かぶらしい。

 

とにかく一筋縄ではいかない。未だに私の顔を見れば、「ニーハオ!」といってくる子もいれば、いちいち私の発音を真似しニヤニヤする子もいる。彼らが、学校で逆上した教師たちに悪い点をつけられ、下手をすれば留年させられるのも目に浮かぶ。

 

パパ様は、移民現象の本質には、人々が追い求める幸福への願望があるが、残念ながら、今世紀に入ってからの移民の動きは、紛争や、自然災害、迫害、気候変動、暴力、貧困など、やむを得ない理由によって移動を強制させられたものがその大部分を占めると話された。

 

パパ様は、特にこうした強制的な理由による移民の増加に憂慮を表され、これを政治・社会・教会など各界・共同体が協力して取り組むべき緊急課題として示されたが、そう簡単ではないし、綺麗事でもない。

 

彼らを締め出そうとする拒否の態度は、エゴや扇動的な大衆迎合主義に根差しているとし、無関心や怖れを乗り越えるために、人々が態度を改めることが急務と話された。彼らにも権利や尊厳があり、それを尊重すべきだと。

 

しかし、ある意味で私もここでは外国人。移民だ。けれど、郷に入れば郷に従え、のごとく努力もしてきた。その努力や人間関係の基礎である、相手を尊重する気持ちや躾もなっていない人たちに全てを与えよう、というにはかなり精神的ストレスを強いられる。またそこに使った税金のしわ寄せも、国民全員に来ているのは確か。

 

今日は、出発前最後のオラトリオであったが、何度どなり、喧嘩を仲裁したかわからない。私が不在中に来てもいい?と手を上げてくれた稀有な方が見学に来られた。ここ、サンシーロ地域は、貧富の差が激しい地域でもあるが、彼女は裕福な地域に住んでおり、しかも子供もいない。多分、ブロンクス状態の子供達に接触する機会など過去にないのではないだろうか?しかも、現在ある病気の治療中で薬があわずクラクラすると言っていたので、大きな声をだしたり走ったりすることは無理だろう。状況を見つつ、子供達の分析は鋭いものがあった。オラトリオの鍵を説明しようとしたら、結構です、と言われたので、まあ十中八九来ることはないだろうと思う。

 

とりあえず、それを司祭に報告。まあ私の不在時のことまで思い煩ってはいられない。少なくとも、普段私に丸投げだった司祭が、危機感を察知したのか?この2回ほどの面会ではかなり私の話も聞いてくれたし、オラトリオにも出来る限り時間を費やしてくれていた。

 

さあ、夏のオラトリオに向け、どうなる?!

 

「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください。」

 

 

 

https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12150190656.html

8日前

 

4月1日

La nostra fede nasce il mattino di Pasqua: Gesù è vivo! Questa esperienza è il nocciolo del messaggio cristiano.
私たちの信仰は復活祭の朝に生まれます。イエスは生きています!この経験はキリスト教のメッセージの中核です。

 

Oggi risuona l’annuncio più bello: «Il Signore è veramente risorto, come aveva predetto». Buona Pasqua a tutti!
今日最も素晴らしい知らせが響き渡ります。: «主は彼が約束した通り、まさに復活されました! » みなさん主の復活おめでとう。

 

 

4月2日

Contemplando la tomba vuota di Cristo rinnoviamo la fede che con Lui niente è perduto!
空になったキリストの墓を黙想することで、キリストと共にいれば何も失われることのない私たちの信仰を、新たにしていきましょう。

 

 

4月3日

Cristo, che ha vinto le tenebre del peccato e della morte, doni pace ai nostri giorni.
罪と死の闇に打ち勝った主よ、私たちに日々の平和をお与えください。

 

 

4月4日

L’unica arma invincibile è la carità, perché ha il potere di disarmare le forze del male. 
目に見えない唯一の武器は、愛です。それは悪の強さを武装解除できる力があるからです。

 

E’ la mia sincera speranza che possa essere fatto tutto il necessario per continuare ad accompagnare con compassione il piccolo Alfie Evans e che la profonda sofferenza dei suoi genitori possa essere ascoltata. Prego per Alfie, per la sua famiglia e per tutte le persone coinvolte
すべての必要な思いやりを持って幼いアルフィーエバンス君に寄り添い続け、彼の両親の深い苦しみも理解されますよう深く希望します。アルフィー君とまた, 彼の家族のために、関係者すべての方々に対し祈りましょう。

 

 

4月5日

Andiamo avanti con la gioia della Risurrezione di Gesù: Lui è sempre al nostro fianco!
イエスのご復活の喜びと共に前進しましょう。彼は常に私達の傍らにおられます!

 

 

4月6日

La Parola del Signore è luce nel buio e ci aiuta a non avere paura anche di fronte alle difficoltà.
主のみ言葉は、闇の中の光であり、困難に立ちはだかっても怖がることはないと力添してくださります。

 

 

4月7日

Come il Buon Samaritano prendiamoci cura di chi soffre ed è malato! #WorldHealthDay
良きサマリア人のように、病気に苦しむ人々のお世話をしましょう。

 

 

4月8日

Dio ci riveste della sua misericordia, ci riveste di Cristo, per diventare strumenti di bontà.
神の優しさの道具になるよう、神は、そのいつくしみで私たちを包み、キリストのうちに包み込んで下さいます。

 

 

4月9日

Dio continua oggi a cercare cuori come quello di Maria, disposti a fidarsi completamente di Lui.
いまも神は、マリアのような心をもつ人を探し続けておられます。完全に神により頼む心をもつ人です

 

Desidero far risuonare ancora una volta la chiamata alla santità: “Rallegratevi ed Esultate”! 
聖性の呼びかけに答えます。 ”GAUDETE ET EXSULTATE”(喜び踊れ)

 

Il Signore chiama alla santità ciascuno di noi, anche te! #Santità
主は私たち一人一人を聖性に呼んでいます。

 

Sei una consacrata o un consacrato? Sii santo vivendo con gioia la tua donazione. #SantiOggi
あなたは聖体拝領の生活に呼ばれていますか?あなたが喜びと共に奉献の生活でありますように。

 

Sei sposato? Sii santo amando e prendendoti cura di tuo marito o di tua moglie, come Cristo ha fatto con la Chiesa. #GaudeteetExsultate
結婚をされていますか?キリストが教会と共にしように,あなたも妻または夫を労わることによって聖なるものとなりますように。

 

Sei un lavoratore? Sii santo compiendo con onestà e competenza il tuo lavoro al servizio dei fratelli. #Santità
あなたは労働者ですか?あなたの兄弟姉妹に尽くすための完全性そして技術と労働が聖なるものでありますように。

 

Sei genitore o nonna o nonno? Sii santo insegnando con pazienza ai bambini a seguire Gesù. #SantiOggi
あなたは兄弟または祖父母ですか?イエスに従い忍耐と共に教える聖なるものでありますように。

 

Hai autorità?Sii santo lottando a favore del bene comune e rinunciando ai tuoi interessi personali.

あなたは権威のある立場ですか?共通の善に打ち勝ち、個人的な利得を拒否する聖なるものでありますように。

 

 

4月10日

Essere poveri nel cuore, reagire con umile mitezza, saper piangere con gli altri, cercare la giustizia con fame e sete, 

guardare e agire con misericordia: questo è santità. #SantiOggi
心を貧しく保つこと、柔和と謙遜をもって対応すること、周りの人々とともに悲しむすべを知ること、飢え渇きをもって正義を求めること、いつくしみをもって見つめ行動すること。これこそが聖性です。

 

Mantenere il cuore pulito da tutto ciò che sporca l’amore, seminare pace intorno a noi, accettare ogni giorno la via del Vangelo nonostante ci procuri problemi, questo è santità.

愛を曇らせるすべてのものから心をきれいに保つこと、自分の周りのすべての人に平和の種をまくこと、たとえそれが問題を引き起こすとしても福音の道を日々受け入れること。

これこそが聖性です 。

 

 

4月11日

La parola “felice” o “beato” diventa sinonimo di “santo”, perché la persona fedele a Dio raggiunge, nel dono di sé, la vera felicità. #GaudeteetExsultate
神に忠実な人は自分自身の贈り物に真の幸福に達するので、"幸せ" または "祝福" という言葉は、"聖人" と同義語になります。

 

La santità è il volto più bello della Chiesa. #SantiOggi
聖性は教会の最も美しい様相です。

 

 

4月12日

Il santo è una persona dallo spirito orante, che ha bisogno di comunicare con Dio. Non c’è santità senza preghiera. #Santità
聖人は、祈る人の魂に支えられている人で、神との対話が必要な人です。祈りなくして、聖性はあり得ません。

 

4月13日

La santità a cui il Signore ti chiama cresce mediante piccoli gesti buoni nella vita quotidiana. #GaudeteetExsultate
あなたを呼ぶ主の聖性は、日々の生活の中の小さな良い行いを通し育ちます。

 

 

4月14日

Tutti siamo chiamati ad essere santi vivendo con amore e offrendo ciascuno la propria testimonianza nelle occupazioni di ogni giorno. #GaudeteetExsultate
私達は皆愛をもって生き、日々の仕事の中で証しする聖なるものであるよう呼ばれています。

 

 

4月15日

La Chiesa è giovane perché il Vangelo è come una linfa vitale che la rigenera continuamente.
福音は絶えずそれを再生成する生命線のようなものだから、教会は若々しいです。

 

Mentre prego incessantemente per la pace, e invito tutte le persone di buona volontà a continuare a fare altrettanto, mi appello nuovamente a tutti i responsabili politici, perché prevalgano la giustizia e la pace.
私は平和のために絶え間なく祈り続け、善意のすべての人々にも同じようにするよう呼びかける一方正義と平和が勝つよう、政治的責務を負うすべての人に、訴えます。

PapaFrancesco@Pontefix_it

 

               〜 • 〜 • 〜 • 〜 • 〜 • 〜 

 

 

4月9日, パパ様は使徒的勧告"Gaudete et Exsultate"を発表された。

「ガウデーテ・エト・エグズルターテ、現代世界における聖性への招き」は、そのメインタイトルをマタイ5:12の「喜びなさい、大いに喜びなさい」

 

使徒的勧告は、2013年発表「福音の喜び」、2016年発表「愛のよろこび」に続き、これで3冊目。

 

聖人は、神に試されながらも神のみ旨に従う人だろう。

 

主の復活による喜び、希望を人に伝え述べる生き方ができますように。

 

 

 

 

9日前

 

在ミラノ日本人学校も補習校授業校も新学期を迎えた。

 

...というわけで、われらガナリア隊も練習再開。

 

約一ヶ月ぶりの顔合わせ。歌いたかった〜!というメンバー。

歌が上手いとか下手ではなく、歌が好きなメンバー。(常に募集中!)師匠曰く、歌は心よ〜🎶

 

なんと今年で結成7年目。全く日の目を見ない...苦笑 というか、メンバー各自、好きで歌っているのだから、自分たちが楽しければそれでいい!という塩梅。いざ、歌うとなれば衣装どうする?などと一時真剣に考えたこともあるが、今はたまに師匠のバックで歌えればそれで上出来、大満足。

 

もともとは、2011年に東北地方太平洋沖を襲った東日本大震災のチャリティー•コンサートに参加するため、子供たちのコーラスグループが結成されたのだが、ついでというか、どさくさに紛れてというか、当時の指導者であった師匠について当時のコーラス部員の母親たちもグループを結成してしまったわけなのだが、当時のメンバーも入れ替わりが多少あったものの、オリジナルメンバーは徐々に補習校を卒業している。

 

私も先月、長男が無事補習校を終了し、本来ならば通学も終わるところ、当たり前のようにまだまだ通っている。「あれっT子さん、どうしたの?」と学校前でたくさんの在校生のママ友に声をかけられた。永遠よ!と長老宣言!爆

 

話は逸れたが、発声練習の後、とりあえずメンバーが好きな歌(ゴスペルに関係なく、季節に合わせた曲や思い出の曲をリクエストしあい歌う)を選ぶよう、テキストが配られる。そこには、日本の童謡や唱歌などが紹介されている。「翼をください」の下のパートを覚えたい、というメンバーがおり歌うことになった。これは小中学校の合唱コンクールで歌った印象的ナンバー5選に入ることだろう。

 

 

いや〜ん、じーんと来ちゃうと皆、声を合わせる。じゃあもう一曲。そこで私が、スタジオジブリの「天空の城ラピュタ」の「君をのせて」をリクエスト。これは、上記、東日本大震災のチャリティーコンサートで、師匠が指導されたミラノ児童合唱団が歌った曲。毎朝、この曲を聴きながら、次男と登校したものだ。

 

 

 これまた、じーんと来てしまった。🎶父さ〜んが〜残した熱い想い〜母さ〜んがくれた あのまなざし〜。もちろんこれは映画「天空の城ラピュタ」のストーリーや設定を踏まえたものに決まっているのだが、やはり親を想う気持ちというのは、自分が大人にならないと感じられないものだと思う。

 

ところで、今年に入り、新メンバーが続々と入部。歌うパーツも本人たちの希望に分かれるが、毎回うまく分かれており、アカペラの"Hallejah"もうまい具合に別れた。なんだかんだ1年歌っているが、師匠の編曲はかなり難しくパーツによっては悪戦苦闘しているようだが、毎回良くなってくるなあと思う。そして、もう何年歌っているんだ?という”Amazing Grace"。これまた師匠の編曲したアカペラがうまくいくと素敵。笑 

 

そして、私たちの原点である、”Oh,Happy Days"。毎年初回レッスンはおさらいで終わるが、今年はいい感じで始まった!

 

今年も頑張りましょう! エイエイオー!

いくさに行くのではありません。景気付けのジェスチャー。笑

 

今年も思いっきり歌って、踊って、笑ってストレス発散!

 

https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12268140291.html

 

 

 

10日前

 

FBで女優の東ちづるさんが興味深い本を紹介されていらした。

 

>苦しさや生きづらさ、痛みを感じているのは不登校を選んだ子供たちだけに限らない。学校に通っている子供にだって苦しさはあるし、大人の社会にもそれはある。会社で居場所を失う、理不尽な叱責や責任転嫁をされる、何かのハラスメントの対象になるというのは決して珍しい話ではない。

 

思わずどんな本なのだろう?と検索してみた。

 

今月10日に全国の書店が“今いちばん売りたい本”を決める『2018年本屋大賞』(本屋大賞実行委員会主催)に選ばれた辻村深月女史の『かがみの孤城』(ポプラ社)

 

辻村女史は、1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で「第31回メフィスト賞」を受賞しデビュー。『ツナグ』(新潮社)で「第32回吉川英治文学新人賞」を、『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で「第147回直木三十五賞」を受賞。ほかの著書に『凍りのくじら』『本日は大安なり』『ハケンアニメ!』などがある。

 

「かがみの孤城」のレビュー :

 

学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。

 

ここのところ、愚息らの不調な成績を眺めつつ、また全教科の教授軍との面談で絞め上げられ?また日々のどうってことのない内容に対しても辛辣に当たられたり、思春期といって仕舞えばそれまでだが、こちらとしても、もう力尽きていた頃、東さんのレビューは心に響いた。

 

私も若い頃、何かと色々悩んだつもりだが、どれも正しい答えなんてあったのだろうか?と思う。けれど、悩むことによって人は成長する。「人生の目標」なんてみんながみんな簡単に見つかるものじゃないし、それができる子が普通だとするのはつらすぎる..親は気長に信じて寄り添うだけなんだが、もやもやとしている時に東さんのレビューを通じ読んだその記事で、絡まった糸が少し緩んだような気がする。(決して解けたわけではないが...)

 

>「正義感も過ぎれば暴力ですよね。学校でも職場でも、正しさを押しつけられた何かにさらされて苦しんだっていう人も多いと思うんです。そのときに、自分はどうしたいのか。正義感ではなく、もっとしなやかな倫理観みたいなものを必要としている人もいるだろう。そう思いながら書いてきました」


許さなくていいし、分かり合おうとしなくてもいい。「正しさ」にすべて任せず、即効性のある解決も求めない。代わりに示されるのが、個々人にとって最良の道を考え続けるという選択肢だ。

 

私が、どうしても許せない、というか合わない人との原因が理解できた。また大昔、私が中2の頃、長い間学校を休んでいるクラスメートの家に、担任と友人と3人で訪ねて行ったことがある。なぜ学校に来なくなったのかわからなかったが、結局彼女は引越しをし、何も言わずに転校してしまったのが、どうも腑におちずいまだに忘れられなかった。私は担任に声をかけられ家に行っただけだが、相手から見れば正義感に溢れた生徒に見えたことだろう。私に全くその意識がなくても、相手にとってはそれが正義感の押し売りに見えることだってあったのかもしれない?などと今更ながら、40年近く経って気づいてしまった。

 

生きている上で、誰とも問題なく過ごせることなどあり得ないだろう。けれど、いつまでも問題を引きずって生きたくなどない。インタビューの中にもあるように、気づいたら辛い時期が終わっていた、そんなのがちょうど良い。

 

実際のリアルの友人は大切にすべきだが、良い人間関係はもちろん、苦難こそも自分の人生の宝と言えるようになったら素晴らしい。

 

私は、本の中で仮想の人間関係を見るのが好き。私だったら?とついつい想像してしまう。

 

早く手にとって読んでみたい1冊。

 

 

 

https://news.infoseek.co.jp/article/oricon_2109276/

https://news.yahoo.co.jp/feature/939

 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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