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ミラノの日常 第2弾

8日前

一難去って、また一難。また泥舟に乗ってしまった!(乗らされた?自ら乗った?)

 

次男の通う中学の年末の恒例行事として、生徒全員で中世の服装をし地域を行進する。貴族や庶民、修道士が続々と衣装を着て、方や旗を持つもの、方や太鼓を叩き、それは見事だ。一昨年次男がこの中学に入学が決まったと同時に、当時中3の保護者であるママ友たちから「針仕事できるよね?」と声をかけられ、入学後も担任との面接で、「針仕事はできますか?」ということで、名前がリストに載ってしまい、行列参加の衣装のお直しに呼び出された。現在2年生。自然といえば自然だが、再びお呼びがかかった。

 

 

本来なら新年度が始まった10月から作業に入りましょうという話だったのに、気づいたらもう4月。あと1ヶ月。その間に、連休やら遠足、課外授業が入るため、既に時間が足りない。昨年一緒にボランティアをした仲間は皆卒業してしまった。今回は何人来るのやら...と思っていたら、時間に行ったのは私一人ではないかい?一応あなたを"カーポサルタ”裁縫の責任者とします、と教授は言うが、責任者と言っても、私一人じゃないの! あとからやっと一人がやってきたが、彼女は全くお裁縫はダメ。しかも現在1年生の保護者で未経験者。あちゃ~。だれか助けて~。

 

フェスタは5月20日。週末からまた連休に入るのだが、連休明けから、生徒たち300人の衣装合わせに入ります、と言う。火曜日、水曜日、木曜日の午前中に来て欲しいけれど、鍵は渡すので、実際は来たい時にいつ来ても構わないように事務の方に連絡しておきますから、とまたまた教授。それって丸投げですか~?!私は、火曜日と木曜日なら大丈夫、と言っておいたが、このままじゃ水曜日も出なきゃダメじゃん!水曜日はイタリア語があるで~。でも無理だわ...でも行かない理由ができたかあ?などと頭の中で、いろいろともう一人の自分と会話してしまう...

 

問題は、人手が足りない、時間が足りないのに加え、実は衣装も足りません!!と言われ、ガーーーーン!少なくともマントを20着は新たに作って欲しい。その辺の衣装箪笥に布地はいくらでもあるので、好きにしてくださいと言う。好きにしてってさ...ああ、では私は次の授業が...と言って消えてしまった。はあ???全部丸投げ。そして、私は悪さはしていないのに、泥舟に乗せられてしまうたぬきと化す...爆

 

すると今度は、「ボンジョルノ〜!!」と元気に今度は体育の先生が登場! 彼女は行列の見所である、旗手が旗をふるパフォーマンス指導の先生で、今年は次男もクラスの代表で旗手となった。(単に体が大きいということもあるが)毎週、お弁当持ちで、放課後学校に居残っては、大きな旗を振り回す練習をしているが、初日は手のひらの皮が剥けてしまい、しばらく空手の稽古ができないくらいだった。

 

新たに旗を6本作るというので、旗のデザインからだったら困るな...と思っていたら、それは既製品の大きなスカーフで紐を縫い付け、棒に巻き付け、後からテープでしっかりと巻いて止めるものだった。先週一人でやったら、紐を縫い付けるのに1本1時間以上もかかってしまって    ...というので、そんなに大作業なのか?と思ったら、その教授が恐ろしいほどぶきっちょだったということが判明。爆 次男のことや家族のことなどおしゃべりながら、チクチク針仕事。(老眼で)目が見えない!というので、私が針に糸を通してさしあげた。これは、まだなんとかできるのだ!二人で3本ずつ作り30分で終了! やればできる!

 

週明けに再びイタリアは連休が入るので、水曜日から衣装作りと生徒たちの衣装選びの作業が始まるという。いや〜、じわじわと怒涛の学年末の緊張感が始まった。倒れないように、適当に息抜きしながら頑張ろう!

 

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12161048850.html

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12162821333.html

 

 

10日前

 

パパ様の怒涛のミラノ司牧訪問より早1ヶ月...今日、ミラノ大司教区の司教でおられるアンジェロ•スコラ大司教司式における感謝のミサにあずかってきた。19時入祭。18時半にドウモ前に、同じパロッキアのボランティア仲間と待ち合わせしたが、ドウモに入るまで30分も並んだ。それにしても18時半でこの明るさ!

 

3月25日の当日は、オーガナイザー側の責任者が850人、そして信者によるボランティアが3700人。それに司祭や、警備云々、多くの人が関わった。

 

 

当日、私たちのチームリーダであった、”エッレ”こと”ダニエレ”は、ミラノのドウモでも警備の仕事をしており、偶然にも再会することができた。我がパロッキアのボランティア16人中6人が一緒にミサに預かった。

 

ミサの中で、「メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活し、その名によって罪の赦しへ導く悔い改めが、エルサレムから始まり、すべての民に宣べ伝えられる」。あなた方はこれらのことの証人である。」(ルカ24:46-48)  先月のパパ様のミラノ訪問を記念してこの今日の福音が、新たに、そして特別にあなた方に響くことでしょう、とスコラ大司教様はおっしゃった。

 

また「(さて、二人がこう話していると、)イエスご自身が皆の真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と仰せになった。」と再びルカの言葉を引用。パパ様のミラノ訪問では、すべての人の間に(心の)「平和」という恵みがあったはずです。たとえ、辛いことや悲しいことがあっても、なんとかそれに対抗し、その日を迎えようとする希望が放出されていたことでしょう。「光が消え、他者の痛みに無関心な社会におし曲げられた希望に明かりをつけましょう。」(パパ様のドウモでのミラノ大司教区の司祭、修道者、助祭、カテキスタらとの会見での言葉)

 

パパ様の訪問では私たちに喜びの意識を目覚めさせてくださった。ミラノは人種の坩堝。多文化、多民族性を豊かにし、異なる人々を尊重と創造性をもって受け入れ、自分たちの中に閉じ困ることなく、助けを必要とする人々の中にイエスを見出し、手を差し伸べていかなくてはならない。それはミラノに住む信者であろうが、なかろうがすべての人たちの課題であると思う。特に成熟したキリスト者であれば、なおさらのこと。

 

「個人として、また共同体として生きる意味を、復活したイエスに謙遜をもってたずねましょう。」スコラ大司教の締めくくりの言葉によってミサは終了。

 

上記,エッレことチームリーダーだったダニエレに呼ばれ、ドウモを退出していくボランティアたちに、パパ様訪問の記念としての写真集(今後3.5ユーロで販売予定)と記念マフラーを配布するよう頼まれた。特にマフラーに関しては、パパ様訪問当日にも配られたのだが、まだ5万枚以上も余っているので、グループで来ている人たちにパロッキアで配布してもいいですよ、といってそのままパック(200枚は入っていたはず)を渡すよう指示されたが、写真集に関しては、一人一冊。何かしら、来れなかった人にとかなんとか言ってくる人もいるので、2冊まではいいとして、それ以上は絶対渡さないようアドバイスされた。

 

はじめは、笑顔で渡していたが、徐々に人の後ろにやってきて、無理やり写真集を奪おうとする人。なんだかんだいって5冊くらい要求してくる人。直接足元の箱から取ろうとする人も出てきて、私を押す人さえいた。一度出たのに戻って来て、写真集を奪っていく人もおり、だんだん腹が立ってきて、「前に並んで下さーい」「他の人のことも考えて下さ〜い」と怒鳴りまくる。喧嘩腰になる人までおり、目が点!

 

これが、ボランティアの姿か〜っ?! 福音を宣べ伝える証人か〜っ?!いやいや、教会は罪人の集まるところだ。怒ってはいけない... Pace a me!! 私に平安を〜。爆

 

というわけで、私も写真集をゲット。マフラーもどっと束をもらい、帰宅したら55枚もあった。どうするの〜?!欲しい方、お分けします。苦笑

 

 


http://www.chiesadimilano.it/cmlink/papa-a-milano/news-papa/messa-in-duomo-con-scola-per-ringraziare-della-visita-del-papa-1.143822

 

 

11日前

 

久々絵本を読んだ。レビューに、「何かにつまずいたとき、自分に自信がなくなったときに読みたい絵本」...とあったけれど、とても絵が綺麗で心温まる一冊。

 

自分のいいところは、自分ではなかなかわからないもの。それを仲良しの”ともちゃん”が一生懸命考えて探し当ててくれる。こんなお友達が近くにいたら、安心だよなあ、と思う。私も”ともちゃん”。とっても親近感をもって読んだ。

 

ちなみに、著者のくすのきさんの著書はたくさんあるが、イラストの方は、多くの方が手がけている様子。絵本は、イラストによってもかなり、雰囲気は変わるもの。この「ええところ」は、非常にポップでアートな感じが素敵。

 

ところで、先日、友人を介してある方を紹介された。「T子です。よろしく!」と挨拶すると「ともちゃん!」と言われ、ちょっとドキっとした。私のことを「ともちゃん」と呼ぶ人は、子供の頃は、身内とピアノの先生のみで、大人になって私のことを「ともちゃん」と呼ぶ人は数人いるが、皆本当に親しいわずかな人だけ。それでも、この人とは、結構息があるかも?という予感がした。

 

その後、FBを通しすぐにお友達申請したのだが、彼女からのメッセージに、共通の友人が、私のことをともちゃん、ともちゃんと嬉しそうに話していたので、自分も密かに会いたいと思っていたという。一瞬???と思った。なぜならその共通の友人は、私のことをともちゃんと呼ぶことは決してなかったからだ。ただ、同時期、彼女がともちゃんと呼ばれる別の人との関わりもあったので、もしや彼女のことを話し勘違いされているのでは...?と頭をよぎった。とはいえ、私のことを話していたことも確かなようなので、まさかT子が二人いるとは、思っていないのでは...?という勘さえした。

 

食事をすることになったのだが、とりあえず携帯電話の番号を交換した。

 

ある日、知らない番号から電話がかかってきた。いきなり「ともちゃん?」と言われたが、私の知らない番号からの電話だ。「すいません、どちら様でしょうか?」というと、「⚪️✖️T子さんじゃありませんか?」と全く知らない人の苗字を言われた。「いえ違います。」と断りつつ、もしやNさん?と思ったが聞かなかった。「ごめんなさーい!間違えました〜!!」と言われたのだが、この狭いミラノで、ともちゃん?と電話をかけてきて、それが間違い電話ってありえるか???と思った。すると、数分後「ごめん、ともちゃん、私よ。私。N」とメッセージが入った。また別人の「ともちゃん」(実はミラノにT子はめちゃくちゃ大勢いるのだ!)に電話をしようとしたら、電話のスクリーンに”T子”と出てきたので、苗字も確認せずかけてしまったという。私も「電話番号二つあるの?」と聞くと、一つだよという。じゃ、こないだ教えてもらった番号となんで違うの?と思い、もらったメッセージと番号を比べてみると、全く違う番号を私は入力しているではないかあ!なぜに〜?! 彼女もおっちょこちょいだが、私もすっとこどっこいだあ!

 

食事の当日、お互いのトンチンカンぶりに大笑いしたのだが、何気に、「Nさんが思ってた”ともちゃん”って私じゃない気がする...というと、えっ二人いたの〜?!」と案の定勘違いされていた。というよりも、ごっちゃまぜにされていた!トンチンカンどころか、あまりの二人の間抜けぶりに脱力!

 

お酒好きの祭り好きのNさん。これからのお付き合いが楽しみだなあ。

 

 

http://www.kusunokishigenori.jp/index.html

11日前

 

4月1日
Anche nei
momenti più duri e sconvolgenti, la misericordia e la bontà del Signore sono più grandi di ognicosa.
最も困難で衝撃的な時でも、主の慈しみと優しさはあらゆるものに勝ります。


4月2日
Quando lo Spirito Santo abita nei nostri cuori, ci fa
comprendere che il Signore è vicino e si prende cura di noi.
聖霊が私たちの心に宿る時,主が近くにおられ、私たちに尽くしてくださっていることを理解させてくださいます。


4月3日
Con Gesù la gioia abita il cuore, la speranza rinasce, il dolore si trasforma in pace, il timore in fiducia, la prova in offerta d’amore.
イエスと共に喜びが心にあれば、希望が再び生まれ、痛みは平安に、おそれは信頼に、そして試練は愛を捧げることに変わります。

La Quaresima è per sua natura tempo di speranza perché ci
conduce a rinascere “dall’alto”, dall’amore di Dio.
四旬節は生来、神の愛により、「霊において」新たに生まれるよう導かれている希望の時です。

 


4月4日
Oggi ricorre la Giornata Mondiale contro le mine
antiuomo. Rinnoviamo, per favore, l’impegno per un mondo senza
mine!
今日は、対人地雷に対する国際デーです。どうか、地雷のない世界を築くために体制を刷新していきましょう。


4月5日
Cerchiamo di
seguire le orme di Cristo concretamente, dedicandoci ai fratelli e alle sorelle bisognosi.
特に困っている兄弟姉妹のために尽くすことで、キリストの足あとに従っていきましょう。

La speranza è quella che apre il credente alle sorprese di Dio.
希望によって信者たちは、神が用意している驚きに対してオープンでいられます.

4月7日
La Quaresima è un periodo di penitenza
finalizzato a farci risorgere con Cristo, a rinnovare la nostra identità
battesimale.
四旬節は、キリストと共に復活し、洗礼の特性を一新させる完成した告解の期間です。


4月8日

Cari giovani, non abbiate paura di dire “sì” a Gesù con tutto lo slancio del cuore, di rispondergli generosamente e di seguirlo!
若者の皆さん、イエスに心からほとばしる想いと共に"はい”と言うこと、そして彼に寛大に応え従うことを恐れてはいけません。


4月9日
O Croce di Cristo, suscita in noi il desiderio di Dio, del bene e della luce.
キリストの十字架、私たちのうちに、神、善、そして光を求める願いを呼び覚ましてください。


4月10日
Rivolgiamo lo sguardo a Gesù, chiediamo la grazia di comprendere meglio il mistero del suo sacrificio per noi in questa Settimana Santa.
この聖週間の間、イエスにまなざしを向け、私たちのために捧げられたイエスの犠牲の神秘をよりよく理解できる恵みを願いましょう。

 


4月12日
Se è abissale il mistero del male, infinita è la realtà dell’Amore di Dio che lo ha attraversato e lo ha vinto.
悪の秘儀は奥深いが、神を通じ、悪に打ち勝つ神の愛の現実は無限です。


4月13日
Ci fa bene uscire dai nostri recinti, perché è proprio del Cuore di Dio traboccare di misericordia, straripare, spargendo la sua tenerezza.
囲いから出ることは良いことです。なぜならば、神の慈しみや優しさが溢れ出てくるからです。


4月14日
O Croce di Cristo, insegnaci che l’alba del sole è più forte dell’oscurità della notte, e che l’amore eterno di Dio vince sempre.
キリストの十字架、明け方の光は夜の闇より力強く、永遠の神の愛は常に勝利することを、私たちに教えてください


4月16日

Questa è la festa della nostra speranza, la celebrazione della certezza che niente e nessuno potranno mai separarci dall’amore di Dio.

 

(復活は)希望の祭り、誰も神の愛から離されることは無いという確信を祝う日です。


Buona Pasqua! Portate a tutti la gioia e la speranza di Cristo Risorto! 
復活祭おめでとうございます。すべての人に主の復活の喜びと希望をもたらせましょう!


4月17日
Sì, ne siamo certi: Cristo è davvero risorto!
私達は確信しています。キリストは正に復活しました!

 

 

4月18日

In questa settimana di Pasqua ci farà bene leggere ogni giorno un brano del Vangelo in cui si parla della Risurrezione di Cristo.
復活祭のこの一週間、キリストの復活について書かれている聖書の一節を毎日読み始めるのがよいでしょう。


〜•〜•〜•〜•〜•〜•〜


PapaFrancesco @Pontefix _it

 

復活徹夜祭の際、パパ様はおっしゃった。「愛が死ぬということは一体あり得るのか?」と。しかし、神に対する願望を捨て、諦めてしまえば、希望さえも死んでしまうであろうと。

 

イエスは「復活」を通し、死の石(墓石)を転がして、新たな命を芽生えさせた。不毛な悲観主義や、生活とかけ離れた計算だけでできた抽象的世界、自分の安全の確保の飽くなき追求、他人の尊厳までをも犠牲にしかねない果てしない野望など、わたしたちを閉じ込めるすべての囲いをもはねのけたいと願っておられる。

 

所詮、死ぬことは人生の一面に過ぎないのではないだろうか。人間にとって、「死ぬ」以前にいかに与えられた人生を生きるか、それが大事。より良い人生を送るために、どうあるべきか。価値観や生き方、そして希望や生きがいを見出すには、やはり「信仰」というのもが必要となってくるように思われる。それは哲学とは違う、救いのある生き方。

 

自分の人生が最期に良かったと思えるとすれば、それは日々の平凡な生活のあり方が求められると思う。それは、ささやかな幸せで埋めたいもの。とはいえ、それも勇気と努力が伴う。

 

自分のエゴに死ぬ勇気。そして、よりよく生きようとする努力。心がけ。それをシスター渡辺は”リトルデス”、「小さな死」と呼んでいた。いつか必ず迎える「大きな死のリハーサル」なのだと。

 

いつも生き生きと生きてゆきたい。そのためには、どんな自分をも受け入れる勇気を持つことが必要。その多くは、自分のエゴに死ぬ勇気にもたらされる。『「終わる」死』ではなく、新たな自分、新たな命となるはずだから...。

12日前
休暇で旅行に出る際、ほぼ毎回その旅行の行き先に関し、歴史やみどころの場所を予習をしていく。

しかし、今回のように、勝手知ったる場所へリラックスしに行く際は、そういうことはしない。ホテルだけ取って後は行き当たりばったり。酷いときはホテルの予約さえも行き当たりばったり。笑

今回、特に予定もなく、2泊3日、少なくても一日半、海かホテルのプールでぼーっとしてるだけでも良かった。しかし、旅行業の性か?! じっとしてられない翁ありけり....笑

普段は動きまくっているが、従来怠け者の私は動くのが億劫。行かない、待ってる...家族に食っ付いて行っても途中本を読んだり、イタリア語の宿題をしていた。旅行に宿題持っていくの?と友人に言われたが、碧い空と碧い海、空気の違うところでの宿題はいい。苦笑

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いつもと違った場所と空気の中で、リラックス。そして心と体のデトックス。すべてを出してしまう。空にしてしまえば、また心新たに、吸収ができるもの。

最近は、心のバランスを整えるのにバラのアロマを取り入れている。「香り」は人間の脳にダイレクトに伝わり、感情に大きく作用すると言われている。特に、バラには、心を癒し、穏やかに元気を取り戻してくれる作用があるという。そして、現在具体的な不調はないけれど、女性ホルモンの調整作用もあるという。
 
また、日々生活に追われていると、実は呼吸が浅くなっているかもしれない。深呼吸をして、体の中の空気の入れ替えも大事。
 
これからやってくる学年末の大波、なんとか乗り越えよう。
 
 
 
 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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