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ミラノの日常 第2弾

1年以上

三寒四温・・・寒い日が三日ぐらい続くと、そのあと四日間ぐらいは暖かい日が交互に繰り返し、だんだん春になっていくという。 

うららかな春のミラノ~なんて思っていたのも束の間、気づくと雨、雪。昨年帰国中購入した傘が大活躍。とはいえ、この寒暖差で体調を崩す人も多く、現に長女は、今朝首から上が辛い・・・といって学校を休んだ。甘い!自業自得だ!体調管理は自己責任だ!朝から喝を入れたが, だめなものはだめらしい・・・笑 

ところで、親類、知人の春先の死が多い。 
高齢者、思春期あるいは更年期の女性にも「陽気」の加減で具合が悪くなるというが、この私も、ここ数年この時期、首がかちかちになり、肩こり、頭痛, 眼痛がひどくなる。暖かくなると、それも自然に落ち着く。つまり、冬の『陰』と夏の『陽』のエネルギーが移行するからだろうか。 

東洋医学では、「春は東風は吹き、この風が肝(臓)を傷つける」 というらしい。

風が運んでくる邪気=つまり風邪。 
これが筋肉や目をつかさどる肝の臓を冒すとだるさや疲れが取れにくく、目の疲れなどの症状に繋がるという。私これだわ。 

春の肝を高めるには、新芽の野菜、豆、海藻、梅干、などが良いとされている。東洋医学では「陰」と「陽」の考え方があるが、この陰と陽の調和、中庸の食事がベストということか。 

根のごとく枝葉は出る 

病気、不幸は根(心)があって枝葉に出てきた現象にすぎないという。 
中学生の頃、社会科の先生が、食生活を変えると、細胞が変わり、そして考え方から心も変わり、人生自体が変わるのだと、よくきかされた。こういうことなのね・・・ 

また、「季節には季節のものを大切に」。 
旬のものは太陽と大地から最高の恵みを受けて育っているため、生命力が強く、栄養価も高くなっている。 

体と自然のサイクルを見つめなおさないと。 

http://shoku99.com/modules/d3blog/details.php?bid=122&offset=12外部リンク 
http://www.ugets.com/theme/themeKisetu.htm外部リンク

1年以上
新教皇が選出され、まだ一週間が経っていないけれど, 教会に、そして世界に、新たな風がふきだしているのを、感じているのは私だけではないだろう。 

教皇になられても、白衣のみで、十字架もシンプルなもの。また、ご自分で宿泊費用を払われ、今後も豪華な車には乗らない、護衛は半分に・・・など、質素な生活を好み、これまで特に貧困問題に取り組んで来たお姿がうかがわれる。また、その紋章銘「貧しきものは、神に選ばれている(Miserando atque eligendo)」は、とりわけ貧しい人々への留意を示している。 

来る3月19日には、教皇就任式が挙行されるが、母国アルゼンチンからは、飛行機代を使ってまで来ないでほしい。その分を貧しい人に寄付するように、と呼びかけられた。 

♪don't cry for me argentina~ 
マドンナ版映画・「エヴィータ」の歌声は記憶に新しいが,don't fly for me argentinaという記事の新聞もあり、笑いを誘った。 

『簡素』、ということで、物を多く持たない。贅沢や無駄はしない。ごみを少なく。・・・といったような生活上での簡素化、シンプル・ライフがうたわれているが、精神面での簡素化とはどうだろう。 

パパ様は、「貧しい人たちを忘れないでください」とおっしゃるけれど、金銭的な貧しさだけでなく、愛に飢えている人も多いかもしれない。 

物質主義に毒されると、自己中心的になり、他人を踏みつけにし、豊かな生活に憧れるあまり心を空っぽにしてしまう。以前、マザー・テレサが日本に来日された際、非常に厳しい愛の言葉を言われた。「周辺のカルカッタで喜んで働く人になってください。」と。私達の周りには、物質的に餓え、病み、疲れた人は少なくても、『愛』に餓え、ほほえみに餓え、人間としての尊厳を失っている『貧しい人々』が多いのではないだろうか。 

といっても、物乞いをみると躊躇してしまう自分がいる。知らない人、苦手な人に会うと,笑顔が出づらい自分がここにいる。自分の殻を壊すのには,ちょっとした勇気がいる。 

あなたの時間を人々に与えて,惜しまないように。いつかそれがあなたの必要なときにもどってきます。見返りを求めずに与えること。 

あなたの良いものを、みんなに配っていきなさい。無条件にしたことは、あなたが生きているうちにあなたに返ってくることでしょう。 

豊かさなの中から施しをしないでください。何か自分に必要なものを犠牲にして、痛みを感じながら人に与えるのです。そうすれば、同じ痛みを通じて、相手とつながることができます。(ヴァレンタイン・デ・スーザ神父) 


コンクラーヴェのために、ヴァチカンにいらした新教皇は、アルゼンチンの家においてきたものはあったのだろうか?人事ながら考えてしまう。 

裸で生まれ、裸で死んでいく私達。あまりものは持ちすぎないほうがよいのかもしれない。贅沢をして、心にまで脂肪をつけないように。 


http://ja.radiovaticana.va/news/2013/03/16/%E3%80%8C%E6%B8%85%E8%B2%A7%E3%81%AA%E3%80%81%E8%B2%A7%E3%81%97%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%82%92%E3%80%8D%E6%95%99%E7%9A%87%E3%80%81%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%90%8D%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%80%81%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%81%B8%E3%81%AE%E4%BC%9A%E8%A6%8B%E3%81%A7/gia-673995
1年以上
連翹と書いて「れんぎょう」と読む。 
画像をみれば、あ~あの花か・・・と思う人も多いだろう。 



今日3月17日の花は『連翹』。 

花言葉は『希望』。 

この時期、普段だと連翹は既に満開なのだが、今年は、やはり寒いのか?まだまだつぼみの段階。 

連翹は、モクセイ科レンギョウ属。ちなみに、クリスマスのオーナメントによく使われるヒイラギもモクセイ科。英名はゴールデンベル。たしかに、黄色い 4 弁の花が鈴のようにたくさんついており、それが固まると、レモン色が黄金のように見える。 

ところで、4月2日は、彫刻家・詩人の高村光太郎(1883年 - 1956年)の命日で、これを「連翹忌」とも呼ぶのだそうだ。これは、高村が生前好んだ花が連翹であり、彼の告別式で棺の上にその一枝が置かれていたことに由来するからだという。 

その時、学生の頃読んだ光太郎の死で『レモン』に関するものがあったことを思い出した。高村光太郎は、東京出身だが、私の父の出身地、岩手県花巻市に疎開しており、そこに7年生活していた。今でも『高村山荘』というのが残っており、子供の頃、そこを見にいったことがある。(そして、十和田湖畔に立つブロンズ像「乙女の像」が彼の作品だったと今になって知った。) 

山荘内のトイレ・厠に「光」という文字の明かり取りがあったのが、『光』という形で光が入ってくるとは、非常に印象的だった。そしてなぜか、後に読んだ、(下記参照)「レモン哀歌」は、私の中で,モノクロな背景の中に,レモンだけが色をもっている唯一のものに思えたものだ。 

レモン哀歌 
             高村光太郎 

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた 
かなしく白いあかるい死の床で 
私の手からとつた一つのレモンを 
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ 
トパアズいろの香気が立つ 
その数滴の天のものなるレモンの汁は 
ぱつとあなたの意識を正常にした 
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ 
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ 
あなたの咽喉に嵐はあるが 
かういふ命の瀬戸ぎはに 
智恵子はもとの智恵子となり 
生涯の愛を一瞬にかたむけた 
それからひと時 
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして 
あなたの機関ははそれなり止まつた 
写真の前に挿した桜の花かげに 
すずしく光つレモンを今日も置かう 
「智恵子抄」より


死に逝く智恵子が、求めたレモン。それは「命」の象徴に思えてならない。 

光太郎は、その後、東京のアトリエへ移転し、春はアトリエ前の庭の連翹の花を観賞して創作活動の気分転換をしていたという。 

今日3月17日の花・連翹が、私の中で、なぜかレモンと結びついてしまった。 


1年以上

昨日、3月13日ついに、第266代目のローマ教皇に、アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が選出された。 

夜の7時過ぎに、知り合いが滞在していたホテルに書類を届け、外に出ると「パパ様が決まったらしい。」「フマータ・ビアンカが・・・」という声があちこちから聞こえ、携帯電話で生映像チェック。急いで帰らないと・・・・途中スーパーによったり、やるべきことがあり、何度も画像をチェックしながら帰宅。玄関に入ったと同時に、「Habemus Papam」(法皇が選出されました)とアナウンスが入った。声が震えて聞こえたので、この枢機卿様も緊張と感激をしているのね・・と思っていたら、パーキンソンの初期の方なのだと今日知った。 

後から、新教皇・フランシスコ一世登場。 
ちなみにイタリア語では、「フランチェスコ・プリーモ」と呼ばれる。(Francesco Iは北イタリアを支配したオーストリア皇帝フランツ1世と同じ名前。まっ同じフランシスコでも確実にアッシジのフランチェスコのフランチェスコから取っているだろうから、問題ないか!笑) 

ぎりぎりまでテレビの画面に映っていた写真は,細面だったが、あれっ?!同じ人?!と思うような恰幅の良い方。新教皇はあらかじめ用意されていた3つのサイズの白衣の中から自分の体に合うものを選んで身にまとうのだそうだ。ちなみに、名誉教皇・ベネディクト16世就任時の白衣は少し大きく、中から黒い袖が見えていた。(チェック厳しい・・・笑) 

Fratelli e sorelle, 兄弟姉妹の皆さん、ボナ・セーラ!! 
挨拶からして非常に温和な感じを受けた。かつて教皇は教皇冠を受けていたが、ヨハネ・パウロ1世によってこの戴冠式は廃止され、またこの時から、挨拶をされるようになった。その場で「主の祈り」「天使祝詞」「栄光唱」を唱えたのも、初めて。 

アルゼンチンの大司教様であったが、バスで移動し、定期的にスラム街の貧しい人々を訪れ、簡素なアパートに住んで自炊生活をされていたという。 また、今回のコンクラーヴェのためローマに出発する当日、友人たちが彼に靴をプレゼントしたという。履いていた靴が、「非常によい状態とは言えなかった」ため。枢機卿の服装は、いつもは質素だったという。(バチカン・ラジオ参照) 

宗教は嫌い。教会は嫌い。という人は多いが,マザー・テレサを悪くいう人は決していない。信仰というと、理論や概念、観念で捉えがちだが、過酷な現実社会の中で、「キリストの愛のあかし」を身をもって行ってくださる方を、だれが咎めるだろうか。 

「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」。(ルカ22:31-32)これが、本来ピエトロ、つまり神の代理人としての教皇が担われた仕事なのではないだろうか? 

「これから司教と民の、愛のうちにすべての教会をまとめるこのローマの教会の歩みを始めましょう。それは兄弟愛と相互信頼の歩みです。いつもわたしたちのため、互いのために祈りましょう。全世界のために祈りましょう。そこに大きな兄弟愛がありますように。」 

「今から祝福をおくりたく思いますが、その前に皆さんにお願いがあります。司教が民を祝福する前に、主がわたしを祝福してくださるように皆さんが祈ってください。それは司教の祝福を願う民の祈りです。沈黙のうちにわたしに対するこの祈りをしてください。」 

今朝は、仕立て屋へ行きましょう・・・というところ、まずは祈りが先。ということで、サンタマリア・マジョーレ教会を訪問。30分の祈りを捧げたそうだ。

私たちに、祈りと共に歩み始めてくださったパーパ・フランチェスコ・プリーモ。「祈りの法は信仰の法」。とても、素朴で優しさ、そして人間味のあふれる感じを受けるのは,私だけではないだろう。 


http://d.hatena.ne.jp/hiroshisj/20130314/1363264618 
http://www.cathoshin.com/2013/03/14/new-pope-cbcj/ 

あの感動をもう一度! 
https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=EqXd2ua529U#! 


1年以上
復活祭もあと2週間ちょっと。 
イタリア語でいうイースター・エッグ「Uova di Pasqua」は、スーパーを始め、バールでも売り出し中。 
 

チョコレートだが、中身は空洞で、プラスチックのケースに入って、おもちゃやプレゼントが入っているのが特徴。値段もピンきりだが、やはり安いものは、チョコレートがまずく、お菓子好きの子供達さえも,手をつけない代物もある。 

ところで、この時期、チャリティー企画とし、いろいろな協会がこのイースター・エッグを販売し、収益金を寄付金とすることが多い。手続き上、寄付ということなので、領収書も発行し、各協会側が諸手続きをしなくてはならないのだが・・・。 

というわけで、我々Itamaも参加している、系列の非営利団体である外国人女性向けのイタリア語学校で構成されている協会、Mamme in rete, Intrecci di scuoleも収益活動が必要となり、この卵を寄付という形で協力していただくことになった。 

ボランティア団体が,お金を稼ぐのはおかしいと思われるかもしれないが,ボランティア団体は、あくまでも無報酬であるが、組織運営維持の為収益を必要とし、また、利益(資金を提供した人(会費を支払った・寄付をした等)」を配分するのではなく、もう一度次の活動に使うので『非営利』ということになる。 

ところで、我々Itamaのノルマを指定され、さて、どうやって寄付を募るのか・・となった。手分けし、友人・知人、ご近所さん、教会などにも声をかけることにした。スタッフが当てにしていた教会からは、教会前での活動を拒否されたという。あらっなんでItamaの学校裏にあるパロッキアに一番にきかないのよ・・・ということになり、それなら私が・・・と主任司祭に電話をしたら,快く引き受けてくださった。ただし、次の日曜日(既に過ぎた)は別の団体がやってくるので、間を空けて24日の『枝の主日』にはどうか?ときかれた。あいにく個人的に、24日の「枝の主日」は日本人ミサがあるので、私は参加できないが、他のメンバーでやってみるか・・・ということにした。 

が、なんてことはない。24日を待つ前に、身内でなんとかなりそうな見通しになってきた。とはいえ、地元パロッキアの理解と協力は、捨てがたい。コンタクトは必ずとり続けたほうがよい、とスタッフにアドバイス。なんといってもホームグラウンドに根ざし、宗教関係なく,理解と協力を得ることは大切。そういう意味じゃ教会の存在は大きい。 

先日教会では、病院の団体がチョコレートの販売活動をしていた。また、家の前にある病院内でも、やはりイースター・エッグが販売されていた。そして、近所の私立の学校では、ルーマニアの子供を支援する団体が・・以前はなんとか症候群という聞いたことのない病気を支援する団体をサポートしていたこともあった。 

単に寄付をお願いします。となると難しいが,いずれにしても、この時期,イースター・エッグを購入する家庭も多いから,目的意識のある買い物だと,誰もが手を差し伸べやすいのかもしれない。 

我が家も2つ購入した。一つは我が家に。一つは、24日の「枝の主日」の日本人ミサのために。 

http://www.intreccidiscuole.org/ 
http://www.italianopermamme.org/index.php?option=com_content&view=article&id=52:uova-di-cioccolato&catid=37:anno-2013&Itemid=161 


    ミラノの日常 第2弾

    作者:ミラノのそふぃあ

    ミラノの日常 第2弾

    イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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