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ミラノの日常 第2弾

1年以上
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7月2日Non si può vivere da cristiani al di fuori della roccia che è Cristo. Cristo ci dà solidità e fermezza, ma anche gioia e
serenità. キリスト者は、キリストという岩を離れて生きることはできません。キリストは、私達に堅実さと、精神の強さ、そしてまた、喜びと平静さをお与えになります。


7月4日L’amore di Cristo e la sua amicizia non sono un’illusione. Gesù sulla Croce mostra quanto sono reali. キリストの愛や彼の友情は幻覚ではありません。十字架上のイエスはそれがいかに現実であるかを示してくれています。


7月5日Gesù non è solo un amico. È un maestro di verità e di vita, che rivela la via per giungere alla felicità. イエスは、単なる友達ではありません。幸福へ到達する道を啓示する真理と命の師であります。


7月6日Il Signore ci parla attraverso la Sacra Scrittura, nella preghiera. Impariamo a rimanere in silenzio davanti a Lui, a meditare il Vangelo.主は、祈りのなかで、聖書を通して私たちに語りかけています。福音を黙想するため、主のみまえで沈黙を守ることを学びましょう。


7月8日Preghiamo per avere un cuore che abbracci gli immigrati. Dio ci giudicherà in base a come abbiamo trattato i più bisognosi. 移民を受け入れる心を持つよう祈りましょう。神は、援助をもっとも必要としている人たちをどう扱ったかによって私たちを裁くことでしょう。


7月9日
Un cristiano è sempre pieno di speranza; non può mai scoraggiarsi. キリスト教信者は常に希望に満たされています。決して自信を失くすことはありません。


7月10日
Se vogliamo seguire Cristo da vicino, non possiamo cercare una vita comoda e tranquilla. Sarà una vita impegnativa, ma piena di gioia.キリストを近くに感じたいのならば、安楽で平穏な生活を求めてはいけません。それは、努力のいる生活ですが、喜びに満ち溢れます。

日本人感覚からすると「喜び」という表現は、時として「楽しみ」「娯楽」と混合されることも多々あるだろうか。

心が満たされる時、心の中でパン種のようにじわじわする感覚...すぐに結果が出ないこともあるので、忍耐力も要る。でも待つ分の達成感は大きいだろう。いつも喜べる透明な心を持っていたいものです。

晴れたる青空 ただよう雲よ
小鳥は歌えり 林に森に
心はほがらか よろこびみちて
見交わす われらの明るき笑顔

花咲く丘べに いこえる友よ
吹く風さわやか みなぎる日ざし
心は楽しく しあわせあふれ
響くは われらのよろこびの歌


iPhoneからの投稿
1年以上

イタリア領最南端の島、ランぺドゥーザ島は住民は約5500人という小さな島。シチリアから240キロのところに位置し、チュニジアは120キロ、とイタリア本島よりも、アフリカに近い島。カレッタカレッタというウミガメが卵を産みに来る場所でもあり、WWFが保護しているという。  

そこへ、アフリカから下手したら、島の住人と同じくらいの不法移民が入ってくるとは、想像を絶してしまう! 島へ辿り着く前に死んでしまうものも多いというし、島についても、食べるものもなく、衛生面でも状況が悪く病気になるものも多いという。そこで、イタリア政府が準備したフェリーで、シチリアや本島へ送られるというが、その後温かく受け入れられているとは、想像し辛い。 

今朝、教皇フランシスコは、海で遭難した不法移民らを追悼するため、船で海上に出て花輪を投じ、祈りをささげた。島内の施設でミサを執り行い「自らの繁栄のみを追求する文化により、人々は他者の苦しみに無関心になっている」と表明。国際社会がもっと不法移民問題に目を向けるよう促した。ミサには約1万人が参列した。 

移民らの受け入れは地元にとって大きな負担であろう。ニコリーニ市長は「法王訪問後は誰も島の現状から目をそむけられないはずだ」と中央政府や欧州各国に支援を要請したという。 

また、元国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)報道官のボルドリーニ下院議長は「戦争犠牲者の尊厳を回復する訪問」と高く評価。中道左派・民主党のレッタ首相は法王との面会で「勇気ある行動」に謝意を表明。 

これに対して、保守系紙ジョルナレは「訪問は不法移民にお墨付きを与えかねない」と疑問を呈した。イタリアでは失業が急増する中、国内で生まれた移民の子どもに幼少時に国籍を付与する法案の準備が進んでおり、右翼陣営は移民問題に神経質になっている。 

そして、こちらはその後、パパ様のツイ―ト。 

Preghiamo per avere un cuore che abbracci gli immigrati. Dio ci giudicherà in base a come abbiamo trattato i più bisognosi.
移民を受け入れる心を持つよう祈りましょう。神は、援助をもっとも必要としている人たちをどう扱ったかによって私たちを裁くことでしょう。 


移民以前に失業率の高いイタリア。移民を受け入れすぎて、自分の首をしめている部分も多いのではないだろうか?近所の低所得者地域はイタリア人のお年寄り以外は、ほぼ移民の地域。約80%の住人が賃貸料を支払っていないという。公立の学校もそうでなくても、お金がないのに、給食費、教科書代(小学生のみ無料)は、両親の所得に合わせて支払い額も異なり、無料の家庭もかなり多いはず。保護者懇談会?なんですか?それ?!っくらいに無関の外国人保護者は多く、一応自分たちの子供のことだよね・・・どうしても、納得いかない事も多い。 

それとは、別に、今朝、メルカートでいきなりモロッコ人女性に、彼女たちの言葉で声をかけられた。目を点にしていると、横で小学生の娘らしき子供が「イタリア語を学びたいっていってます。」と通訳してくれた。私がItamaのボランティアをしているのを、誰かに聞いたのだろう。9月の申し込みの日時を教えてあげると、笑顔で親指をあげてポーズしてくれた。私たちができることってなんなのだろう?逆に、もし自分が難民だったら、どうやって生きていくべきなんだろうか。 

安住の地を求めてやってくる不法移民に対し、何をどうすることができるのだろうか?本当に考えさせられる。 


http://www.corriere.it/cronache/13_luglio_08/papa-lampedusa_451dd034-e7bd-11e2-898b-b371f26b330f.shtml 

http://it.radiovaticana.va/news/2013/07/08/la_preghiera_del_papa_a_maria:_protezione_dei_migranti_e_conversione/it1-708558 

http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message334.htm



1年以上

教皇フランシスコ回勅 『信仰の光』 ~ LUMEN FIDEIが7月5日に発表、出版された。イタリア語、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語およびポルトガル語で読むことができる。 

回勅とは、教皇が教皇としての権威をもって、全世界の司教、信徒に宛てて出す文書で、教皇の出す公文書の中でいちばん重要な文書に位置づけられるもの。 

これは前教皇ベネディクト16世によって書き始められ、教皇フランシスコの手によって完結されたもの。早速、購入した。 
 


既にFacebook上では、阿部仲麻呂神父様による要約もあり、イタリア語と読み合わせていくには、非常に参考になる。日本の教会では、すでに簡単な講義もされており、うらやまし限り。こちら、イタリアの教会は、既にヴァカンスモードで、ミサに参列する会衆もぐっと減った。9月には、司祭の移動も多く、教会としてプログラムが動き出すのは、10月から。とても回勅の講義など始まりそうもない。 

この、教皇フランシスコによる新しい回勅『信仰の光』はキリスト者の人生の歩みを励ますことに強調点が置かれている。 

人生は「闇」と「光」。つまり毎日の小さな自分への「死」と「復活」は、キリストの生き方に通じるものがある。 

回勅の冒頭には、「信仰の光」とは、、イエスがもたらした大きな恵みを示す教会の伝統的な表現である・・・とある。聖書の中にも、「世の光」、「闇から光が輝き出よ」などという表現はよくでてくる。 

上記阿部神父様によると、この回勅「信仰の光」全4章の内容を要約すると、①慈愛、②理解、③伝達、④配慮、となるという。キリスト者の人生の歩みはこの4つの要点を深めることで社会的にも意味のあるあかしとなる。こうして、キリストに照らされた各自の信仰が周囲を照らす光となるのだと。もちろん、キリスト者にとっての光とは「イエス・キリスト」であり、暗闇の広がる世の中をまっすぐに歩いていくには足元を照らす光が必要である。 
  
Lampada per i miei passi è la tua Parola, 
luce sul mio cammino 

あなたの御言葉は、わたしの道の光、私の歩みを照らす灯び。 (詩編119:105) 


そして、回勅の最後には、教会の母、信仰の母、マリアに向けて祈りを捧げるようにあった。信仰によって、キリストの愛に触れることを、苦難の時もキリストの愛を信じ、信仰と復活の喜び、信じる者は、決して一人ではないこと、そしてキリストの目をもって見ることを教えてくださるよう願った。 

http://ja.radiovaticana.va/news/2013/07/05/%E6%95%99%E7%9A%87%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%81%AE%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AE%E5%9B%9E%E5%8B%85%E3%80%80%E3%80%8C%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E3%81%AE%E5%85%89%E3%80%8D/gia-707944 

http://unidosconelpapa.blogspot.it/2013/07/blog-post_6.html 

http://unidosconelpapa.blogspot.it/2013/07/blog-post_3748.html


1年以上

ドゥロー二が今、食べどき!!ドゥロー二とは、野外オペラで有名なヴェローナ産のさくらんぼのこと。大粒で、日本でみるアメリカン・チェリーのようなどす黒さがある。 

サクランボまたは桜桃(オウトウ)は、バラ科サクラ属サクラ亜属の果樹であるミザクラの果実。ヨーロッパ系には、甘果オウトウ(セイヨウミザクラ, Prunus avium)と酸果オウトウ(スミミザクラ, Prunus cerasus)というのがあり、ドゥロー二は、まさしく、甘果オウトウ。ちなみに、東アジア系は、中国オウトウというものらしい。 

イタリアでは、アマレーナ、マラスケ、などと呼ばれるサクランボがあるが、それらは、酸果オウトウ。 

ところで、サクランボは有史以前から食べられていたという。 
桜桃の一種である甘果オウトウはイラン北部からヨーロッパ西部にかけて野生していた。また別の品種である酸果オウトウの原産地はアジア西部のトルコ辺り。原産地の推定は、1世紀の古代ローマの博物学者プリニウスが著書博物誌に書いた説明に基づく。これによると、古代ローマの執政官ルクッルスが第三次ミトリダテス戦争で黒海南岸のケラソス(Kerasos、現在のトルコギレスン (Giresun) )近くに駐屯した際、サクランボの木を見つけ、ローマに持ち帰ったという。サクランボの木が属するサクラ亜属の学名Cerasusは、ケラソスのラテン語表記である。なお、逆にサクランボにちなんで町の名が付けられた可能性もある。(Wikipedia参照) 

さくらんぼには乳白色の白肉種と赤色から暗赤色の赤肉種があり、日本で栽培されている品種のほとんどは白肉種だが、世界的に生産が多いのは赤肉種だという。 

サクランボの1位は年間約44万トンを生産しているトルコ。2位はアメリカ、3位はイラン。そして4位になんとイタリア。日本は20位に位置する。http://www.kudamononavi.com/graph/worlddata/item=cherries 

メルカートでは、ドゥロー二は1キロ2ユーロ代から7ユーロ代までさまざま。毎回1キロを週3回購入。カリウム・ビタミンA・葉酸などがほかの果物よりも多く含まれ、ポリフェノール(抗酸化物質)のシアニジンも含まれている。また、悪玉コレステロールの生成を抑制し、動脈硬化の発症を抑制するとかで、一番夫に食べてほしいが、帰宅するときは、すでになし・・・何事も早いもの順の一家である。笑 



さくらんぼを使ったデザートのレシピはこちら 
http://news.donnad.it/?key=Ciliegie&utm_source=Ricette+%28Search%29&utm_medium=cpc&utm_content=duroni%20ciliegie&utm_campaign=mediaym&utm_term=duroni+ciliegie&trkid=V1ADW99272-10565739449-k-duroni+ciliegie-37685238809-e-s


1年以上
我が家の給湯は電気なので、オーブンやアイロンを使うときは、いちいち切っていないと、ちょっとした瞬間にブレーカーが落ちてしまうことがしょっちゅう。 

配電盤の主幹ブレーカーは各家庭の玄関にあるが、漏電ブレーカーというのは、大抵アパートの地下にある。漏電ブレーカーのディスプレイを見ると、「○○ワット過剰使用。現在修復中。」と言うように、表示され、5-10分くらいたつと、ブレーカーのレバーがもとに戻る。 

昨夜、子供たちがお風呂に入り、その後に給湯機が稼働していたことをすっかり忘れ、おもわずオーブンを付けてしまった。しかもPCも付いていた。電気が飛び、あちゃ~。そうだよ、給湯機。スイッチをきり、PCも止め、地下に行ったが、変化なし。待っている間、焼けた1枚目のピッツァとサラダだけ食べ、再び地下へ・・・しかし、戻らず。 

あれ~なんで?!めずらしく、夕食前に私も子供たちも入浴がすみ、洗濯もすんでいたからよかったものの、やはり電気がないとどうしようもない。夜9時でも外は明るいから、とりあえず余熱で焼いた2枚目のピッツァも食し、地下へ・・・ 

だめだね。しかたなく、電機の請求書を引っ張り出し、24時間対応するフリーダイヤルにかけた。テープで「ブレーシャにお住まいの方は、1番を、ミラノにお住まいの方は2番を押してください。」としゃべった。あれっミラノの方があとなわけ? 

電話にでた、おじさんに住所と契約者の名前をいうと、すぐにオンラインで我が家の契約状況と地域の電気の状態を調べてくれたが、とくに異常はないという。(そりゃあそうでしょうね?)家のブレーカーをオフにしてみて!漏電の方は、あーして、こーして・・・といわれても、場所が違うから、いったりきたりしないといけない。とはいえ、まだ地下と一階だから、簡単に移動できたけれど、もっと高い建物だったら、そうもいかないだろう。 

なんか、変化ありませんね・・・「機器の問題もあるかもしれないので、これから行きますよ」とおじさん。直ぐに大丈夫なんですか?と聞くと、「3時間以内には行きます。起きてますよね?どうか忍耐をもってお待ちください・・・」とのこと。げげげ。既に9時半。3時間って何時になるのよ・・・こういうことは、いつも夫がいないときに起こるのだ。 

「あ~宿題しようと思ったけど、暗くちゃできないな・・・」と長男、次男。ちっ。 

とりあえず、部屋に戻ってありったけのろうそくを出してみた。・・・が、肝心な火がつけられない。台所のガスは電気がないとつかないのだ。ライターもない。隣のお宅にでかけ、事情を説明すると、家からたくさんろうそくを持ってきてくれた。が、ろうそくは本当に家にたくさんあるんですよ!といって辞退した。 

昨年の夏、長女をおいて先に帰国したのだが、夫の出張もあり、ローマから友人に来てもらい、長女の見張り役を頼んだ。その時も、何かのタイミングだかで電気が飛んだ。一昨年末、今の隣の家から引っ越してきたのだが、昨年の今頃は、隣の家は、まだ空家だった。地下の漏電ブレーカーは隣の家のには、夫の名前がそのまま貼り続けられており、今の家には、我が家の大家の名前が貼ってある。だから、誰がみても、夫の名前があれば、そこが我が家のものだと思って,機器をいじるのは仕方ない。私もついつい思い出せなかった。友人は電気会社に電話をし、切ってあった我が家の電気の契約を新たにしてしまった。けれど、そこは以前住んでいた家。いくら再契約をしても、実際にすんでいる家はその隣。ブレーカーもその隣。そこのレベルを上げない限り、電気は来るはずない。それは夫さえも気付かず、数日、長女と友人は電気のない生活をしていた。ろうそくを買い込み、きゃ~ロマンチック!!なんていっていたそうだが、私だったら、気がくるっていただろう。笑 結局、隣のブレーカー(つまり本来我が家の)にどんな名前がついている?と聞いてすべてがわかり、ミラノにもどって直ぐに電気会社に行き、契約解約をお願いしたが、とりあえず1ヶ月間のみ請求がきてしまった。あちゃ~。 

・・・ということもあり、ろうそくはまだ20個以上残っていたし、毎年しクリスマスでもらう地元のパロッキアとカトリック日本人会でのミサのろうそくがあり、それを使うことにした。電機屋さんが来るまで、ろうそくがおわっちゃったらどうなるの?と次男。「大丈夫。その時は、洗礼の時のろうそくも3本あるから・・・」といって笑ったが、さすがにそれに手をつけることはなかった。 


なんとなく、気になり、何度も地下に足を運び、あちこち触ってみる。だめだな・・・ 
不用意にブレーカーを操作すると、電気製品を壊してしまうこともあるという。漏電の可能性も無きにしもあらずだけれど、怖いわ…すると、「あっついたよ!!」と家から子供たちの声?!手で押さえていたレベルも指を離すと、そのまま上をむいているではないか!でも安心していいの?電機会社に再び電話。「先ほどお電話しましたミラノのVia・・・在住のものですが・・・」というと、どうする?テク二コ、そのまま行ってもらう?という。ブレーカー自体に問題があれば、無料だが、そうでない場合は有料だという。何がどう問題あったのか、電気屋さんにわからなかった場合、その時間に来てもらうのも申し訳ない。いや・・・今回、何ワット過剰だったか、という表示がなかった分、気にはなりますが、もう時間が時間ですから、とりあえず結構です。」といってお断りした。だって、仕方ないものね? 

結局、停電から2時間、何が問題だったのだろうか?狐につままれたような感覚だ。「電気がついいたんだから宿題は?」と長男、次男に聞くと、「たまには早く寝るよ。」だそうだ。調子いいんだよな・・・笑


ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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