Welcome!

ミラノの日常 第2弾

1年以上
四旬節に入ると,金曜日にミサは行われない。 
その代わり、Via Crucis(十字架の道行き)というキリストの受難を黙想する祈りが捧げられる。 

多くの教会には、お御堂の両側の壁に小さな額が並んでいる。これは十字架の道行きの各留の場面を絵にしたもので、絵画やレリーフなど表現はさまざま。 

参加者全員で移動しながら、祈ることもあれば、代表者が各留を移動し、他の人は移動する人に心をあわせ、自分の席で祈ることもある。日本での道行きに参加したことがないので、わからないが,イタリアでは聖歌が道行きの前後に入る。 

この儀式が,復活祭までの間,毎週金曜日に行われる。我がパロッキアの場合は、午後3時に行われるので、出られる人にも制限があり、大抵はお年寄りばかり。ちなみに、ミラノの教区では、この時期は、毎週火曜日の夜にドウモにて十字架の道行きが執り行われる。 

また、復活祭直前の金曜日(「聖なる金曜日」)は,毎年、法王がローマのコロッセオで執り行っている。今年はパパ様は体力的に無理よね・・・・と思っていた矢先の退位宣言。カメルレンゴ(使徒座空位期間の責任者)は2007年にベネディクト16世が任命されたタルチジオ・ベルトーネ枢機卿が務めるが、その日まで、時期法皇が選出されるのかどうか。 

ところで、ロンバルディア州にあるミラノ大司教管区(Archidiocesi)は、世界で一番大きい管区といわれている。そのうち、1104の教会がある。7つの県にわけ、ミラノ県のミラノ教区には463の教会がある。その内7つの地域にわけられるが、73の小教区がある。その内の1つである、我がS.Siro小教区にも6つ教区教会(パロッキア)がある。(他にも修道院もあるが、数には入れられず。) 

ミラノ大司教管区にだけでもカトリック信者数(洗礼者数)は、人口の90%以上であり、490万人弱とされている。(2010年の教皇庁の発表によるもの)ちなみに、日本には16の教区があり、796ものカトリック教会が、また信者数は448,440人と発表されている。(2010年12月発表)いかに、日本にはカトリック信者が少ないかがわかる。(人口の0.35%) 

話はそれたが、今晩、毎年四旬節第1金曜日に執り行われる、小教区の十字架の道行きがあった。6つのパロッキアは毎年、順番にホストとなり、デカナートの信者達があつまる。大抵は、『洗礼の告白』『信仰の告白』などがテーマとなり、各パロッキアから代表者が話をし、賛美歌をテゼを歌ったりと、特性が高い。私も6年前に、洗礼の告白をした。イタリア人にとっては、成人の洗礼は珍しいので、いかにアジアの人間がカトリックに導かれたのか、興味をもたれた。 

今年は,少し様子も変わり,我がパロッキアから1キロちょっと離れたミラノ宣教会(PIME)へ歩いて十字架の道行き行列をした。普段は自転車で行く距離を3箇所立ち止まっては、祈りと歌をささげ、40分くらいかけていっただろうか。参加者150名くらいだっただろうか?パトカーが行列の前後につき、警察も信号を止め、トラムを止め、日本では考えられないだろう。大きなスピーカーを若者が抱えながら運ぶ。 

前日から降っていた雪が気になっていたが,午後の3時くらいに止んだ。道行きが始まると同時にぱらぱらまた降り出したが,それほど気にはならない。私は聖歌隊にいるので、譜面を見て歌いながら、歩くのだが、初めての曲で、楽譜から目は離せないし、グループから離れなきゃいけないし、で緊張度マックス!! 

PIMEにつくと、昨年カンボジアから戻られたばかりの宣教師が、宣教師としての、『十字架の道行き』の告白をされた。本来そこのホールでは、毎年9月に世界中に宣教師として羽ばたいていく,宣教師達の壮行会が行われる。出発の地でありながら、ある意味、殉教も覚悟していくのだ、とおっしゃる。昨年は、ミラノ宣教会からは、24名の殉教者があったという。アフリカで4名、コロンビアで7名、インド3名、メキシコ5名、他の地域もあるが(その殆どが20-40歳代)、キリストという名のために、命をなくす人がいまだにこんなにも多く、それでいて喜んで宣教のために出かけていく人たちがいる。先日,冗談半分で、子供達が宣教者にならないか?と書いてしまったが, 撤回。子供以前に、私自身に、その信仰というものの深さ,重さをもっと感じないといけない。 

11時過ぎ、近所の人たちと歩いて帰宅。寒いね・・・早く夕飯食べたからお腹すいたね。暖かい牛乳が飲みたい。いや、グラッパだよ、と話しつつ、「あっ今は四旬節なんだ・・・」と笑った。洗礼を通して受けた恵み、そして今も受け続けている恵みをもう一度深く意識することができる機会になればいい。 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11181370717.html 
http://www.pauline.or.jp/prayingtime/michiyuki06.php

1年以上
野菜のおいしい季節。 

冬野菜は、偉いな・・・と思う。 
私なんて寒くて、くじけそうになるのに、冬野菜たちは、その寒さを喜び、凍らないように自ら糖度をあげ、すくすくと育つのだから。 

この時期、我が家では、白菜、キャベツ、大根は欠かせない素材。先日はタロイモ(里芋はタロイモの一種)を発見。イタリアでは「Taro」と呼んでいる。ジャーマン・ポテトにポテト・サラダ・・・。結構いけた。 

この冬野菜には、体を温める効果がある。ビタミンCが豊富で、風邪予防に効果。鍋料理などは、効果的に体内でコラーゲンの生成を助けてくれるんだそうな。喉、鼻など粘膜も強化してくれる。また、カルシウム豊富な野菜は、イライラをしずめストレスを緩和し、免疫力の低下を防いでくれる働きもある。この時期、是非食べないと。 

メルカートやスーパーで並んでいる、冬野菜たち。「私を連れて帰って~」先日のプリムラじゃないが、ついつい呼びかけられているような気がしてしまう。笑 自らの力で冬を乗り越えられる冬野菜たち。お疲れ様。頑張ったね。ありがたく頂きます。 


♪朝が来て夜が明ける、太陽のプレゼント 
小鳥たち、小枝から、おはようのごあいさつ 
おいしそう、食べましょう、お食事のプレゼント 
見上げれば、真っ青な、大空のプレゼント 
雨降れば、草木育つ、果物のプレゼント 
夜、来れば、キラキラと、お星さまのプレゼント 
日も暮れて、月ものぞく、おやすみのごあいさつ 

ありがとう、神さま、ありがとう、たくさんのお恵みを 
ありがとう、神さま、ありがとう、私たちのため 
http://www.nucleng.kyoto-u.ac.jp/People/H2/Kamei/song/AlwaysWithGod.mid
1年以上

法王の退位宣言から10日が過ぎ、今後のヴァチカンの動きから目が離せないのだが,今日興味深い記事を読んだ。 

ヴァチカン(ローマ教皇庁)文化評議会議長ジャンフランコ・ラヴァーズィ枢機卿は、聖書,神学の権威で、Le frontiere dello spirito という番組では、88年から、毎日曜日の朝、ずっと聖書の解説をされている。非常に話がわかりやすく、2006年にCorriere della seraから発売された有名絵画の挿画つきの聖書(20巻)はラヴァーズィ枢機卿の解説付きで、13巻だけ持っている。(始めの12冊だけは(旧・新約聖書)は新聞を買えば付いてきていたが、その後の8冊は有料だったため。あせあせ) 

話は戻り、この17日から23日までの間、ヴァチカンのレデンプトーリス・マーテル礼拝堂において、教皇と教皇庁で働く高位聖職者を対象に、四旬節の黙想会が行われており、そのテーマは、“Ars orandi, ars credendi: il volto di Dio e il volto dell’uomo nella preghiera salmica” (祈りの法と信仰の法: 詩編の祈りにおける神のみ顔と人間の顔)となっている。 

まっ難しいことは、私は文章を読むだけでは,まったく理解できないので、間違った解説は危険な為さけるが、その祈りという行為には,4つの『動詞』が付けられる、という。 

1. Respirare 
2. Pensare 
3. Lottare 
4. Amare 

Rispirareは「呼吸」。祈りは呼吸。なくてはならないもの。 

Pensareは「考える」こと。考えることは祈りの行為ではないが、感情、本能ではないが、神の望みに巻き込まれることである、という。 

Lottareは「闘い」。旧約聖書のホセア書では、母の体にいたときから,兄のかかとをつかみ,力を尽くして神と争うヤコブが描かれている。「神の使いと争って勝ち泣いて恵みを乞うた。」(ホセア12:5)祈りは,神への苦悩と祈願を伴う、という。 

Amareは、「愛すること」。神の愛にこたえるために、キリストの愛に動機づけられて、すべての人を愛する、ことだと理解するが、やはり難しい。 


そして、5つ目の構成要素をあげるのならば、Silenzio,沈黙であろう。上記4つの動詞を結びつけることができる、という。 


           ~・~・~・~・~・~・~ 

行いと共に祈りが必要で, 祈りと共に行いも必要であろう。 
頭で悟るのではなく,心で感じられるように。 
忙しい生活の中でも、静かに祈れる時間を保たなければ。 


ちなみに、既に時期教皇選出に関しては、早くも「掛け屋」が乗り出しており、上記ラヴァーズィ枢機卿の名前を出ているようだ。 

http://www.zenitinitaliano.it/articolo/come-mose-benedetto-xvi-sara-in-preghiera-sul-monte-intercedendo-per-noi-combattenti 

http://ja.radiovaticana.va/news/2013/02/18/%E6%95%99%E7%9A%87%E5%87%BA%E5%B8%AD%E3%81%AE%E4%B8%8B%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%9B%9B%E6%97%AC%E7%AF%80%E9%BB%99%E6%83%B3%E4%BC%9A%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%82%8B/gia-666121 

http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message790.htm

1年以上

愛読している作文教室『言葉の森』の日記より。 

>小学生は、がんばらせすぎないこと。 

大人はがんばれば何とかなると思いがちです。 
しかし、それは、自覚した人ががんばる場合です。 

自分から進んでがんばるとき、人間は成長します。 
けれども、子供が本当の意味で自覚を持つのは、中学生の終わりから高校生の初めにかけてです。 

小学生のころは、がんばっているように見えても、それは、親や周囲の人が喜んでくれるからそうしているだけです。 
だから、この時期にがんばらせすぎると、中学生になってから反動が来るのです。(おどかすようですが)親の言うことをよく聞く時期こそ、親は子供の心の動きに敏感である必要があります。 

しつけについては、ある程度厳しくしても問題ありませんが、勉強に関しては、必要以上に無理をさせないことです。 
ときどき距離を置いて子供の様子を見ておくようにするといいと思います。 

ひとつの目安は、完璧を目指さないこと。 
ときどきずっこけるぐらいがちょうどいいのです。 


<また別の日の日記> 
百人一首が流行っているようです。 
こういう遊びが残っていてよかったと思うのは、子供でも百人一首をすぐ覚えられるようになるからです。 
もし、この遊びがなかったら、昔の短歌を百首も覚える子供というのは、たぶん誰もいなかったでしょう。 

百首覚えるというのは、確かにそれほど簡単ではありません。 
しかし、そういう遊びがないと、そんなことは無理だと大人も子供も思ってしまうのです。 

これは、ほかの勉強でも同じです。 
親ができると思えば、自然に子供にさせられますが、親が難しいと思えばやはり子供にはなかなかさせられません。 

一般に子供はまだ小さくて成功体験が少ないので、少し難しいことは、「できない」と言います。 
そのときに、親が迷うと、そのままできなくなります。 
ところが、親が明るく確信を持っていれば、簡単にできてしまうことが多いのです。 

大事なのは、能力の前に意識の持ち方です。 
「できると思えばできる」などというと根性論のようですが、そういう根性が意外と大事なのです。 


       ~・~・~・~・~・~・~・~・~ 

いやいや、おっしゃるとおり。 

たまに、『お母さん,理想高すぎませんか?」と言われることがある。どこが?と思ってしまうし、私だったら、出来る・・・と思っても、やはり子供は違う生き物。子供は神様からの預かりもの、と思ったほうがいいかもしれない。 

とはいえ、よくも悪くも,我が家の子供達は私や夫の顔色を見ながら,勉強することだけはない。そして、親に褒められるよりも,先生にほめられるほうが,やる気がでるようだ。よく、親が子供を褒めるように、というが、『是非是非学校でも子供を褒めてほしい』。豚もおだてりゃ・・・だが、これほど、伸びるのか?!と思うほど、我が家の場合は、やる気を発揮するのだ。 

ただ、そのスイッチも接触不良で、やる気に波があるのがたまにきず。爆 

今週は、次男・長男の年間前期のパジェッラ(成績表)受領だった。まーまー、音楽,美術、体育,宗教だけはいつもいいのよね・・・今回は二人とも,『態度』も優秀。まあ、他の教科が悪くても,態度さえ悪くなければ,先生に目を付けられることはないだろう。笑 

宣教師にでもなる?まあ、夫が反対するだろうな・・・笑 

http://www.mori7.com/

1年以上

晴天の日が続くミラノ。 
夕方5時になっても、空が明るい。 
日が伸びたね~。春が近い証拠。 

さて、今朝、月曜メルカートで、激安!!という札をみて、ふらふら~っとお花屋さんに吸い込まれるように近づいた。 

3個で4ユーロのプリムラ。激安だった!ということもあるけれど、「私を連れて帰って~!!」といっているようで、一度は通りすぎたのに、戻っていったのだ。 

プリムラ・・・・サクラソウ科で、カラフルに鮮やかな花色を保ち、春の訪れで、早くから開花する春の花。ラテン語のprimus(最初)と、ギリシャ語のポリアントス(多くの花、多花性)に由来し、春一番に花をたくさん咲かせることから名づけられたという。 

画像は、プリムラの「ポリアンサ」 

なんと、今日2月19日の誕生花!! 
花言葉は、富貴、可憐、可憐な生き方、神秘な心、うぬぼれ、無言の愛。 

画像では、よく見えないが,一番奥の紫のプリムラは小ぶりの花の「ジュリアン」。 

ちなみに、イタリア語では、Primula rossaは、(追われる身で)なかなか捕まらない人、捕まえどころのない人、という比喩がある。 

バロネス・オルツィの小説「紅はこべ」のイタリア語タイトルは「La primula rossa」。宝塚歌劇でも上演されているのが, 興味深い。 
http://kageki.hankyu.co.jp/scarlet_pimpernel/top1.html 

色鮮やかで、香りよく、春はすぐそこ。なんとなく、嬉しくなりますね。 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E3%81%AF%E3%81%93%E3%81%B9 
http://it.wikipedia.org/wiki/La_primula_rossa

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

7日 38 総合 1717 いいね

↑投票してね!

人気投票ボタン配置はこちらから



ミラノのそふぃあさん新着記事



過去記事

ミラノのそふぃあさんへの新着コメント




ミラノブログ・Facebookページ人気ランキング

1位 mimitalyの新☆イタリア生活 ~歌をうたいたい~
2位 イタリア料理とイタリアワイン
3位 ミラノの日常 第2弾
4位 ミラノ駐在ブログ
5位 イタリアより食とワインと山の魅力を
6位 ☆ レインボーの光と宇宙の無限の愛に包まれて ☆宇宙と共鳴してわくわくしよう!☆
7位 オレンヂ・ミラノ情報発信局
8位 パドヴァのとっておき。


あなたのブログ・Facebookページをもっと多くの人に読んでもらいませんか?ミラノでのブログ・Facebookページをお持ちの方は是非ご登録下さい。

ブログ・Facebookページ登録