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ミラノの日常 第2弾

10日前

夏休みに入り2度目の日曜日だが、夫が出張から戻ってきたので、ワインの買い付けに出かけてきた。

 

 

夏はやっぱり冷えた白ワインが好き!特に個人的に好きなのは、「Gavi」。コルテーゼという種類のぶどうで作られており、蜂蜜のようなフルーティで、ちょっと酸味のある味は、女性に人気。Gaviは98年にDOCG(統制保証原産地名称)ワインに昇格している。

 

もともとは友人に教えて貰ったカンティーナだが、彼らもあれよあれよと帰国、横移動...そして誰もいなくなってしまったのだが、通い続けて15,6年?お値段据え置き。本来日曜日はしまっているが、電話を一本していけば問題ないが、お値段の方は、我々の顔をみて確認!となる。

 

 

今日は、ミラノから1時間で到着。何年も通っているが、山中にあるので、たまに道に迷ってしまうことがある。1昨年前、女友達と平日の日中買い付けにいったら、思い切り山の中で迷ってしまい、誰に聞いてもわからず。大笑いの珍道中だった。

 

Gavi村のRovereto地区にあるカンティーナ、Nicola Bergaglio.

 

 

1945年にニコラ ベルガリオによって設立され、1970年より自社ワインのボトリングを始めた。現在は息子と孫により運営。 15ヘクタールの畑を所有し、樹齢30年とクリュ畑の、樹齢50年のコルテーゼ種のみを栽培している。 


生産は、Gavi di Gavi と Minaia。飲み比べるとやはりMinaiaのほうが、断然においしいし、値段も微妙に上。この5,6年ほどCiaponという銘柄で樽で熟成させた余韻の長いものもあるが、イタリア人にはウケが悪く出しているのは、イギリス市場のみ。

 

この15年の間に、彼らの家はどんどん豪華に改築され、工場も立派になった。私たちのお陰?!爆 

 

この春、北イタリアは雨も多く、寒い天候が続いたので、ワインの出来が悪いのでは?と心配していたが、Gavi村の中でもRoveretoは高い山の上にあるので、それほど影響はなかったという。ぶどうもやっと実をつけ始めており、8月あたりからぐんぐんと膨らんでくるようだが、多少の雨も必要であるという。

 

今朝は、はじめに2016年のGavi とMinaiaを試飲。香りはMinaiaの方が良かったが、口にふくむとGaviよりもドライ。同じ種でもこんなに違うの?と思い、次に2015年のMinaiaを試飲させていただいた。これはイタリアのワインガイド”Gambero Rosso”でtre bicchieri (3グラス、最高評価)という高い評価を獲得しており、飲んで思わず、うまっ!とため息を漏らしてしまったくらい。とはいえ、先に飲んだ2016年ものも、少し時間を置くと味に丸みが出てくるからあら、不思議。

 

 

Gavi のもつドライなテイストに、微妙に白い花の香りが印象的なMinaia. これ飲んだら、スーパー•EsselungaのGaviなんぞ飲めません。いや、飲んではいけない!Gavi好きな方にオススメ!


 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11656657249.html

12日前

 

 

空手仲間の大学生で映像関係の勉強をしているJが大学の課題として「日本の文化」をテーマにビデオを作成した。是非是非広めて欲しいということで、ここにご紹介する。

 

彼女は母方の祖父が日本人であったのでクオーター。しかし、母親は両親同士は英語で、親子、兄弟間では、イタリア語での生活だったそうなので、日本語は解するが、話し、読み書きすることができない。そして、親類は既におらず、今や日本へ行っても、立ち寄れる場所がないという。なので子供たちも残念ながら日本語や日本文化は継承されていない。それでも、やはり自分たちのルーツを探りたいのか、家族で空手を学び日本文化に興味を持ち続けるのは素晴らしいことだと思う。

 

さて、ビデオは数人の日本人の目が開くところから始まる。私も「目」の目ヂカラと(!)後に出てくる「手」だけ出演!爆

 

そして、日本の梅雨、つまり初夏を思い出す映像が続く。彼らのお宅には、日本から取り寄せたというヒノキのお風呂があり、縁側ではないのだが、ちょっとしたスペースに置かれており、しかもそこに竹と紅葉が植えられており、非常に風流。

 

インタビューは、我ら琉球空手少林流空手道「月心会」イタリア本部の師範によるものだが、師範の「ミラノにおける日本」の見解は非常に興味深い。

 

「ミラノに日本はあるか?というと、あるといえばあるし、ないといえばない。」というのは、非常に曖昧だが、それでいて的を射た答えだと思う。

 

海外で日本...といって思いつくといえば、日本食、日本人学校、また文化といえば、武道や「道」のつくもの。

 

日本食は今や世界遺産に登録され、世界に誇れる文化であるが、ミラノの日本食レストランでは、食材に限界があり、本来の伝統的な食文化を伝えるには限界がある。

 

そして、日本人学校。児童生徒、先生は皆日本人。であれば、そこは日本か?といえば、異なる。児童生徒のほとんどは駐在員家庭で、必ずしも日本で育ち日本で教育を受けた子供、というわけではないので、日本国内での日本人ともまた異なるし、やはり少人数である分、授業内容も充実し、十分に目が行き届いているようだ。

 

また、「道」がつく文化。それらは一生をかけて、自分の生き方を学ぶものであるが、日本のそれぞれの道場には「気」を感じられる。しかし、海外でのそういったところでは、やはり本来の日本の場、雰囲気が異なるといっても仕方ないことであろう。

 

その他、自然の美しさや季節の移ろいなどに関しても、イタリアに四季があるとはいえ、日本のような情緒豊かな雰囲気ともまた異なる。また、お正月などの年中行事との密接な関わりもやはりない分、食を分け合い、時間を共有することでの家族やコミュニテイでの絆、というのにも限界が出てきてしまう。

 

我が家は日本人家庭であるが、子供達に日本人の精神、また日本特有の価値観や生活様式、社会的伝統が継がれているか?といえば、疑問だ。

 

それでも逆に、日本にいるよりも、日本人としての意識が高くなることもあるのが不思議。

 

ところで、海外にいると、度々「在外邦人」という言葉を使ってしまう。邦人の「邦」は「国」のことで、邦人は自国の人という意味になる。なので、日本から見て自国の人は日本人であるから「邦人」と呼び、対義語は「異邦人」。

 

けれど、日本にいる日本人を「邦人」と呼ぶことはなく、多くは外国にいる日本人を指す際、用いられる。

 

とはいえ、旅行などで短期間だけ外国に滞在する場合は「日本人」と呼ばれ、仕事などで在留している場合は「邦人」と呼ばれ、上記同様「海外在留邦人」「在外邦人」と呼ばれる。また、政治経済の硬い話題や、災害や事件、事故に巻き困るケースなどは在留している日本人を「邦人」と呼び、ノーベル賞受賞や何か賞賛されるようなケースは在留邦人であっても「日本人」と呼ばれたりするので、その違いはなんなんだ?!と頭をひねってしまうことも多々ある。

 

...と話は逸れたが、私の根っこは遠く離れた日本にある。あまりにもイタリア化してしまったため、日本へ行くと、浮いてしまいがちだが(!)日本人としての誇りもある。

 

子供たちが今、どう感じているかわからないが、根無し草とは思わず、日本人としての誇りをもって欲しいし、いつか自覚する日が来ると願う。そういう意味では、このビデオを作ったJ一家も限界の中で、ミラノにある日本を通じて、自分たちのルーツを探し求めているのだろうか?と感慨にひたりつつ、何度もビデオを見た。

 

 

 

 

 

 

12日前

 

 

6月1日

Ringrazio Dio per i genitori che cercano di vivere nell’amore e vanno avanti anche se cadono tante volte lungo il cammino.
愛のうちに生きるよう努め、何度も道で倒れても前進し続けている親である皆さんのことを、神に感謝します。

 

 

6月2日

Possa l’Italia progredire e prosperare nella concordia, offrendo il suo prezioso contributo alla pace e alla giustizia nel mondo. 
イタリアが, 世界の平和と正義に意義ある貢献をしつつ、一致のうちに向上と繁栄しますように。

 

Nell’oscurità dei conflitti che stiamo attraversando, possiamo essere candele accese a ricordare che la luce prevale sulle tenebre.
私たちの行く手を阻む争いの闇の中で、私たちは、光は闇に勝つことができることを思い出させてくれる明かりの灯ったロウソクになることができます。

 

 

6月3日

Promuoviamo con coraggio tutti i mezzi necessari per proteggere la vita dei nostri bambini.
私たちの子どもたちの命を守るために、勇気を持って必要なあらゆる手段を推進していきましょう。

 

 

6月4日

Lasciamoci guidare con docilità dallo Spirito Santo per non sbagliare strada e non cadere nella chiusura del cuore.
道を誤ったり心を閉ざすことに陥らないよう聖霊の導かれるままにしましょう。

 

 

6月5日

Non dimentichiamo mai che l’ambiente è un bene collettivo, patrimonio di tutta l’umanità e responsabilità di tutti.
環境が公共財であり、全人類の遺産、そして皆がそれに対し責任を持っているということを忘れないようにしましょう。

 

 

6月6日

Ricordiamoci sempre che la nostra fede è concreta: il Verbo si è fatto carne, non si è fatto idea!
私達の信仰は常に具体的であることをいつも忘れないようにしましょう。御ことばは観念ではなく、肉となリました。

 

 

6月7日

La Chiesa ha bisogno dei santi di tutti i giorni, quelli della vita ordinaria, portata avanti con coerenza.
教会は、普通の生活の中で、信仰を貫く日々の生活の中での聖人を必要としています。

 

 

6月8日

L’umiltà e la tenerezza non sono virtù dei deboli ma dei forti.
謙遜と優しさは弱さの徳ではなくむしろ強さの徳です。

 

 

6月9日

Ciascuno di noi, come membro vivo del Corpo di Cristo, è chiamato a promuovere l’unità e la pace.

キリストの体の生きる一員として、私たちは各自、一致と平和のために働くよう招かれています。

 

 

6月10日

La vita può sopravvivere solo grazie alla generosità di un’altra vita.
人生は、他者の命の寛大さのお陰のみ生き残ることができます。

 

 

6月11日

La festa della Santissima Trinità ci invita ad essere lievito di comunione, di consolazione e di misericordia.
三位一体の祝日は、ご聖体、慰め、そして慈しみを膨らますパン種となるよう私達を招いています。

 

 

6月12日

La Chiesa risplende quando è missionaria, accogliente, libera, fedele, povera di mezzi e ricca di amore.
教会は、宣教者であり、人々を温かく迎え、見返りを求めず、誠実で、物質的には貧しくても愛において豊かである時輝きます。

 

 

6月13日

Nella sua Passione Gesù ha preso su di sé tutte le nostre sofferenze. Egli sa cosa significa il dolore, ci capisce, ci consola e ci dà forza.
イエスはご自分の受難において、私たちのの苦しみを全て負われました。彼は、その痛みの意味をご存知で、また私たちを理解し、慰め、力を与えてくださいます。

 

 

6月14日

C’è tanto bisogno di preghiera e di penitenza per implorare la grazia della conversione e la fine delle tante guerre nel mondo.

回心と世界で多く起きている戦争の終結の恵みを切に願う祈りと、悔い改めが多いに必要です。

 

 

6月15日

L’esistenza di ciascuno di noi è legata a quella degli altri: la vita non è tempo che passa, ma tempo di incontro.
私たちの存在は、他者の存在と結ばれています。人生は、ただ過ぎ去るものではなく、互いに関わり合うものなのです。

 

 

Papa Francesco@Pontifex_it

 

 

パパ様は今年度の「世界宣教の日」のテーマを発表された。

 

世界宣教の日は毎年10月の最後から2番目の日曜日に記念される。今年は10月22日の日曜日。この日は、全ての信者に宣教の心を呼び起こさせ、世界に福音が広まるように祈るとともに、宣教者たちへの精神的•物質的援助、宣教者間の交流の推進などが呼びかけられる。

 

その今年の「世界宣教の日」のテーマは、「キリスト教信仰の中心にある宣教」。

パパ様はこのメッセージで、教会の本質としての宣教性を改めて示し、世界は福音を必要としていると呼びかけている。

 

世界宣教の日は、教皇ピオ11世によって認可され、昨年90周年を迎えた。困窮しているキリスト教共同体を支え、世界の隅々まで福音を告げ知らせる活動を力付ける。

 

世界の人口は、現在、約63億だと言われている。そのうち、カトリック信者は、約10億人。今月1日に発表された「カトリック情勢」によると、日本のカトリック信者(聖職者、修道者含む)は2016年末の時点で44万1107人となった。前年と比べ2614人減っている。日本の全人口に対する比率は約0・34%。ちなみに、ミラノ大司教区は、教区人口の91.2%の 4.970.975人と言われている。

 

そういう意味では日本のカトリック信者はほんのわずかで、そしてミラノにいる日本人信者というと、もっと珍しい存在?になるのだ。

 

そのわずかの私達であるが、この「世界宣教の日」に、宣教について思いを馳せ、祈り、献金し、物的・精神的援助をすることによって、宣教地で苦労を重ねている宣教者のお手伝いができたら...と思う。

 

私達一人ひとりはキリストの弟子として、宣教のために自分に与えられた賜物を多くの人に分かち合うように派遣されていることを忘れないように。

 

 

16日前

 

 

長い長い夏休みに突入したが、一番大切なのは、生活習慣。

 

多少寝坊助になることは仕方ないとはいえ、夜遅くまで起きていて、午前中は眠るなど、言語道断。しかも、テレビ、ゲーム、SNS三昧何ぞ、とんでもない!これは世の中の将来を担う子供達の成育環境の深刻な問題だ。

 

ところで、現在の教育プログラムでは「情報処理」型に準じているが、時代は超スピードで変貌しており、「情報処理能力」のみでは、やっていては、いずれを遅れを取る日が来るかもしれない。

 

そこで、今年の空手の夏休みの宿題として、「情報編集能力」が必要となる日がきっと来る(師範曰く)のだそうで、その時代に合わせた能力を引き出すプログラム(夏休みの宿題宿題)が奨励された。正確で必要な情報のみを取り入れ、それを自分なりのフィルター(自分の世界観、自分の価値観)を通して、再編集し、アウトプットさせながら、新聞を作るというもの。

 

周りの意見にただただ同調するのではなく、いろいろな物事に対し、自分なりの疑問、考えを持つことが大切であり、その能力を身につけるために、「新聞」を作ろうというもの。

 

さあ、大変だ!今回は超難題だ!

 

愚息たちがするとは思えず。けれど、昨年同様、私は何を書くかな...と密かにウキウキワクワク思案中。苦笑

 

 

 

https://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12042645500.html

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12168610833.html

 

17日前

 

ついに今日から夏のオラトリオが始まった!

 

新聞によると、イタリア全体では200万人の子供達が夏のオラトリオに参加。今年初参加のアニマトーレは40万人だと言う。

 

また、イタリアには8,245もの教区教会があるという。そのオラトリオがイタリア人のカトリック信者のみならず、他宗教の子供達と共に過ごし、祈りの場を1ヶ月もつ。

 

もともとオラトリオとは、サレジオ会の創立者•聖ヨハネ•ボスコが助けを必要とする青少年のために作った学校が始まりだ。

 

社会や家族から見放されていた多くの若者達を健全な青少年に育てて行くと言う、独自の教育理念である宗教•理性•慈愛を土台とした予防教育。

 

この教育は家庭的雰囲気の中で、生徒と教師がお互いに愛と信頼で結ばれ、子供達が自ら考え、行動し、自分で納得して伸びていく教育...。裕福でお行儀のよい子供達の集まるパロッキアよりも、ある意味、私の所属する人種の坩堝、宗教の坩堝であり、経済的にも、家庭環境的にも複雑で困難な状態におり、共同生活もそうそう一筋縄にはいかないような子供達と共に過ごす方が、課題も多く、逆に各自ボランティアに与えられた使命感、そして神との信頼関係も大きいと信じたい。

 

ところで、我がパロッキア初日の参加者はアニマトーレも含め140人前後。友人のところは400人というからまだまだ少ないのだが、行ってみたら、まだケータリングの食事が届いていなかった。けれど、テーブルの水が準備されておらず、ゴミ箱のビニール袋や掃除の備品がどこに置いてあるかわからず。昨年は気が利かないアニマトーレも多かったが、やはりそれは促し方にもよる。

 

あれっ食後の果物は?毎年、隣のシスターの学校から果物の寄付がたっぷりあるが、来ていない。隙を見て、隣の学校へ走る。「えっ?昨日杏大量に運んだけれど」と言われ、今度は担当司祭のところへ走る。「あれっ司祭館に持って行っちゃった。じゃあいい、明日にしよう」しばらくして、シスターが大量のパンを持ってきてくれたが、時すでに遅し。結局全て冷凍にすることになったが、バールの冷凍庫がアイスがいっぱいで入れる場所がない!いきなり冷蔵庫の整理にかかる...私は何をしているのやら?やっと整理整頓ができたら、今度は冷凍にあったフライドポテトをしまう場所がなくなる...結局それは司祭館へ。何をやっているのやら...

 

食後、掃除の指示をしつつ、私も洗い物にバールのキッチンへ走ると、神学生がジェラート販売にてんてこ舞い。値段がわからん!というので、結局横について補佐。あまりにも暑かったので、アイスキャンデーが飛ぶように売れていたが、そういえば今日のおやつは?と思い出し、司祭に聞くと、じゃあアイスキャンデーにしよう!という。え???数足りる?冷凍庫から再び箱を取りだし、数えてみたら、残っていたアイスキャンデーは89個。足りないじゃん!毎週月曜日にアイスの卸売り業者がやってくるが、予定は17時半。おやつは17時。間に合わないじゃん!そして、お金もないじゃん!というわけで、またまた走り回り...

 

その合間に、オラトリオに申し込みたいんですが...という北アフリカ系の母子が入口に来ており対応。では明朝直接来てください、といってもまずは見学がしたいという。それはできません、といっても納得してもらえない。すると今度はベールをしたイスラム教徒の母親二人が来て、預けた子供達を連れて帰りたい、と言う。終了時間は17時半なのでその時に来てください、と言ったが、16時でもいいと言われたというが、まず有りえない。ここでも食い下がらず、二件を神学生に任せてしまう。

 

16時までの予定が気づいたら17時近くになっていた。本来の助っ人の大人は急遽ドタキャンもいたが、飛び込みで手伝いにきてくれた人も数名おり、本当に助かった。夕方はまた別の人が来るというので、もう一人の責任者が来た際、必要なことを伝えてやっと解放された。

 

そうだ!私は先週の土曜日から空手の稽古のストレッチングで無理に伸ばした足の筋肉痛に悩まされていたんだわ!どっと痛みが蘇り、ぎこちない歩き方...

 

「わたしは仕えられるためではなく、仕えるために来た」 
私たちは、そこにイエスのお姿を見なくてはならない。

 

疲れた〜。けれど、すごい充実感。誰か一人が仕切ったり、抱えることもなく、気持ち良く仕事ができた。第1日終了。

 

 

 

 

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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