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ミラノの日常 第2弾

24日前

春の日差しが優しいミラノの今日この頃。

 

日差しを利用しないとは勿体ない!と貧乏性の私は、ありとあらゆる野菜を薄切りにしては、毎日干して、干し野菜を作っている。

 

 

最近のヒットは、赤タマネギのトロペア。もちろん生でも食す。

 

 

トロペアは南イタリアにあるカラブリア州、ティレニア海に面した街。リゾート地で有名だが、”トロペア”と呼ばれる紫タマネギの名産地。食べたことも見たことさえないが、トロペアのパスタやジェラートもあるらしい。

 

ところで、トロペアは現在のシリア、レバノン沿岸付近に存在したフェニキアより持ち込まれ、かれこれ2000年の歴史があるらしいが、今ではイタリア食文化の優れた食品の一つとも言えよう。

 

タマネギは血液をサラサラにするから、毎日サラダにして食べていると両親が入っていたが、どうも口の中が臭くなるのが嫌だった。けれど、紫タマネギは、臭さは控えめだという。トロペアも辛さ少なめ甘みが特徴。血液ドロドロそうな夫に食べさせないと...と思い、せっせと買ってはいたが、自分が食することはなかった。けれど、スライスした赤タマネギを水に浸しておけば、臭みも抜け、トマトのサラダなどに入れたら、おいしいじゃないの!ということで、最近は自らも食するようになった。

 

トロペアの栄養素は、ビタミンB6、葉酸、カリウム、そしてカルシウム。そして、効能は、疲労回復、食欲増進、コレステロールの上昇抑制、そして動脈硬化の予防。またトロペアには、黄色のタマネギ同様、硫化アリルという免疫力を高めたり、ビタミンB1の吸収率を高めてくれる成分を含んでいるが、ビタミンB1が不足してしまうと、体力回復の遅れや食欲不振、情緒不安定、不眠症になりやすくなるという。

 

最近は、ピッツァやフッカッチャを作る際、ツナ缶とトロペアのスライスをトッピングするのがマイヒット。「牛の心臓」(cuore di bue)と呼ばれるトマトをサラダにするが、そこにもツナやトロペア、そしてやはり乾燥させてパウダーにしたパクチーをトッピングにしてサラダで食す。

 

 

同じものを二日続けて作ると、子供たちに「えーっまたこれっ?」と言われがちだが、なぜかこれらはノープロブレム。

 

干し野菜のスープに煮物、パスタに炒め物...甘み凝縮、調理時間短縮。すべてが美味しい。

 

27日前

 

 

今年も4月2日から4日まで、ミラノ•フィエラ会場にてBIT(Borsa Internazionale del Turismo)ミラノ国際観光見本市が行われる。イタリア最大規模の国際観光見本市である。

 

1980年から始まったこのイベント、世界各国のスタンド、イタリア各州のスタンド、また旅行会社のスタンドが出展。日本は毎年政府観光局(JNTO)が主体となり、ブースを設置。

 

ところで、イタリアからの訪日旅行者数は2016年にはじめて10万人を突破し、約12万人となったという。海外旅行の成熟市場である欧州にあって、過去5年間で3.5倍に市場が拡大したこととなる。ミラノ万博、日伊国交樹立150周年等を通じて、イタリアにおける日本への関心は益々高まっており、今後も更なる成長が期待できる市場のようだ。

 

2017年の主な目標として、日本を「新婚旅行先」に選んでもらおうというプロモーションに力を入れているという。ハイテクな日本と古き良き京都の伝統的な街を廻り、旅館や浴衣の経験してもらいたいとのこと。またオリンピックが行われる2020年までに訪日客を4千万人まで伸ばしたいとのこと。

http://bit.fieramilano.it/it/blog/l’ente-del-turismo-del-giappone-bit2017

 

また、今年は、ローフィエラではなく、以前のフィエラ会場(Mico-Congress Centre)にて行われる。会場時間も昨年よりも30分遅めの9時から19時まで。4日からミラノサローネ国際家具見本市も開催されるということで、じわじわとミラノ市内も人が溢れ始めていることだろう。

 
 
不景気な世の中。我が家は旅行業を営んでいるので、是非是非イタリア市場を回復させ、ツアー客が戻ってきてほしいもの。

 

4月2日~4日 9:00-19:00開催
一般入場は4月2日の日曜日9:30-18:00のみ

 

http://bit.fieramilano.it/it

29日前

 

 

3月16日

La Chiesa vuole essere vicina ad ogni persona con l’amore, la compassione, il conforto che vengono da Cristo.

教会は、キリストからもたらされる愛、共感、慰めをもって、すべての人の近くにまさに寄り添いがってます。

 

 

3月17日

Digiuno non è solo rinunciare al cibo, ma ad ogni attaccamento morboso, e soprattutto al peccato.
断食とは、単に食べ物を絶つだけでなく、あらゆる不健康な執着、特に罪を絶つことです。

 

 

3月18日

Vi invito a non creare muri ma ponti, a vincere il male con il bene, l’offesa con il perdono, a vivere in pace con tutti.
皆さんが、壁でなく橋を築き、悪を善と共に勝ち取り、侮辱をゆるしで打ち破り、すべての人と平穏に生きるよう願います。

 

 

3月19日

San Giuseppe, Sposo di Maria e Patrono della Chiesa universale, vi benedica e vi custodisca. E tanti auguri ai papà!

聖ヨセフ、聖母マリアの夫、普遍的教会の守護聖人。私達を祝福し守ってください。父の日おめでとうございます。

 

 

3月21日

È urgente seminare il bene: coltivare la giustizia, accrescere la concordia, sostenere l’integrazione, senza mai stancarsi.
善い種を蒔くことが急務とされています。疲れぬことなく、正義を養い、一致を広め、統合を支えることです。

 

 

3月22日

Anche se siamo uomini di poca fede il Signore ci salva. Speriamo sempre nel Signore!
たとえ信仰の薄い人間であれ、主は私たちを救ってくださいます。主に信頼しましょう。

 

 

3月23日

La certezza della fede sia il motore della nostra vita.
信仰の確信は、人生の原動力となります。

 

 

3月24日

Il digiuno è fecondo se accompagnato dall’amore concreto per il prossimo, specialmente in difficoltà.
断食は隣人、とりわけ困難な状況にある人のために具体的な愛をもって行われれば実りのあるものとなります。

 

Ricordiamo tanti fratelli e sorelle cristiani che soffrono persecuzioni a causa della loro fede. Siamo uniti a loro.
信仰の理由のために迫害に苦しむ多くのキリスト者である兄弟姉妹たちのことを思い起こしましょう。我々は彼らと共にいます。

 

 

3月25日

La Chiesa va incontro a tutti, nelle periferie, va incontro anche ai non credenti; e porta a tutti Gesù, che dà senso alla nostra vita.

教会は隅に追いやられた全ての人、信者でない人にも出会っていきます。そして全ての人を、人生に意味を与えるイエスへと導きます。

 

 

3月26日

La Quaresima è il momento favorevole per intensificare la vita dello spirito attraverso il digiuno, la preghiera e l’elemosina.
四旬節は、断食、祈り、慈善のわざを通し、霊的生活を深めるのに適した時期です。

 

 

3月27日

Custodire il sacro tesoro di ogni vita umana, dal concepimento sino alla fine, è la via migliore per prevenire ogni forma di violenza.
人間の命という聖なる賜物を受精から死まで守ることは、あらゆる形の暴力を防ぐ最善の道です

 

 

3月28日

Se impariamo a leggere ogni cosa con la luce dello Spirito Santo, ci accorgiamo che tutto è grazia!
もし、聖霊の光と共にすべてのことを読み取ることができるならば、すべてが恵みであると気づくことでしょう。

 

 

3月29日

La pace che scaturisce dalla fede è un dono: è la grazia di sperimentare che Dio ci ama e che ci è sempre accanto.
信仰から生まれ出る平和は恵みです。それは神が私たちを愛し、常におそばにいてくださるということを体験する賜物です。

 

 

3月30日

La preghiera è potente, la preghiera vince il male, la preghiera porta la pace.
祈りは力強い。祈りは悪に打ち勝ち、祈りは平和をもたらします。

 

 

3月31日

Digiunare col cuore orgoglioso fa più male che bene. Il primo digiuno è l’umiltà.
誇り高い心の断食は善よりもさらに悪を引き起こします。最初の断食は、謙虚さです。

 

 

PapaFrancesco@Pontefix_it

 

〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜

 

パパ様のミラノ司牧訪問はたった1日の日帰りであったが、いかにパパ様がお忙しく、そしてまた、パパ様がいかに刑務所の受刑者との時間を大切にされていらっしゃるか、よくわかった。

 

4月は、2日にイタリアのエミリア=ロマーニャ州・モデナ県の都市、カトリック教会のカルピ教区を司牧訪問される。カルビと北部にあるミランドラは2012年5月にイタリア北部地震で大きな被害を受け、現在も復興の途上である。

 

復活祭の後、4月28-29日にエジプトのカイロを、5月12-13日にポルトガルのファティマの聖母巡礼聖堂を訪問される。

 

パパ様のために祈りましょう。

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12256638467.html

 

31日前

 

パパ様のミラノ訪問の興奮が冷めやらぬ日々でありながら、何か憂鬱も拭えない日々。

 

サンシーロ競技場では「堅信」の秘跡を準備中の小学生たちとの集いが持たれたわけだが、パパ様の到着を待っている間、前座として音楽あり、ダンスあり、またコメディアンであり俳優であるGiacomo Poretti(ジャコモ•ポレッティ)の教会のオラトリオで育ち、どんなにオラトリオが素晴らしいか、という話があった。あとから調べてみたら、彼は、非常に敬虔な信者であり、オラトリオで育ち、聖書や聖母への祈りがいかに人生に影響してきたかをあちこちで講演してきており、パパ様のミラノ訪問の前後に何度もビデオレターを送っていることを知った。

 

また、パパ様も講話の中で、パロッキアへ行こう。オラトリオへ行こう。と話された。

 

オラトリオとは、簡単に言えば平日の夕方や、日曜日や祝日に子供たちを集めて、遊んだり祈ったりする活動の場。3ヶ月ある夏休みも1ヶ月は昼食付きでタダ同然で解放しており、多様なプログラムがあり、毎週海だ、プールだ、山だ...と遠足まであり、私もここ数年、食事や掃除のおばさんから、ラボラトリオの先生、遠足の引率やら全てを担当しており、毎週月曜日も午後4時に門を開け7時に閉める間、掃除からバールでの販売、子供達の見張り、受付、全てを担当している。

 

ところで、今週の月曜日、そう、パパ様がいらした翌日、オラトリオにいると、とても上品なイタリア人の老婦人がやってきて、司祭に会いたいとおっしゃった。

 

「あいにく、司祭は現在カテキズモ中ですが、あと45分お待ちいただくか、私の方で承りますが。」というと、いきなり

「ここは、なんでこんなに外国人の子供達が多いのかしら?」とおっしゃった。

「ご存知の通り、ポポラーレ(低所得者地域)の地域も隣接してますから、そこの子供達がやってくるんですよ。私も一応外国人ですし!」と強調したのだが、

「彼らはキリスト教徒じゃないでしょ?なのになぜここにいるの?」と言う。あれれ?このおばちゃん、もしかしたら教会通ってない人?と逆に皮肉を感じてしまったくらいだ。

「オラトリオはキリスト教徒に限らず全ての人を受け入れてますが」とあまりにも優等生的な返答をしてしまったのだが、

「昨日、パパ様が来て、子供達にオラトリオへ行くように言ったじゃない?」という。

「ええ、もちろん、聞きました。私もボランティアでサンシーロには8時間おりましたから。」だんだん嫌味的な嫌な言い方をしてしまった。苦笑

 

もう、何が言いたいかは100%わかってしまった。

「一昨日、ここはしまっていたのに、門を乗り越えて侵入したアラブ人がいたようよ。」とシニョーラ。それは私も司祭も聞いて知っている。当日黙想会から直接オラトリオへ出かけたが、10分遅れたことで、やはり柵を越え、勝手に侵入しているアラブ人がいた。それは日常茶飯事であり、それを見つければ私も容赦せず叫んで注意はするが、彼らはへっちゃら。そして、「前日の日曜日もオラトリオ前でアラブ人の子供同士が喧嘩をしていたというじゃない!」という。それも誰が関与していたか、全部知っているし、直接注意はしている。

 

私自身も本当は頭がいたいのだ。アラブ系の子達が来ることで、汚い言葉を発し、乱暴なことをする子が多し、決まりを守らない。なので、本来私達のパロッキアの子供達が躊躇して来ない。(実際我が家の子達も、あの教会だけは嫌だ!といって来ない)また、いつか私も殴られるのでは?という思いが過ることもある。それはどうなのだろう?と思う。

 

間違えていけないのは、それは決して宗教的な問題ではない。イスラム教徒だから危険、近づいちゃいけない!というのは、間違った見方。ただ、アラブ諸国の子達は、それが文化?なのか、たとえそれがコプトのようなキリスト教徒であっても同じ。躾というか家庭での教育のレベルが、日本どころかイタリアのレベルとも全く違い、受け入れるのが非常に難しい。だったら、見張りに彼らの父兄も巻き込んだら?という人が多いが、それはほぼ不可能な話であろう。年に数回、教会全体で大きなフェスタをし、分かち合いの食事やひと時を持つとき、料理を持ってきて参加するイスラム教徒の家庭が数家族いる。特に母親は(特にモロッコ人)はモロッカンミントティをふるまってくれたり、ヘナという自然の染料材でタトウを入れてくれたりする。

 

でも彼女たちは、本当に少数派で、ほとんどの家庭は、子育ての放任が多い。Itamaでもアラブ諸国の乳幼児を7年間見てきたが、カルチャーショックの連続だった。

 

オラトリオ担当の司祭は、彼らに心を開いてもらいたいからか?彼らに特に近づいて声をかけていく。ただ本来身内という言葉を使うのも変だが、その子供達を放ってしまい、徐々に逃げて行かれてしまうのもどうなのだろう?と思う。私も以前、オラトリオであれば、子供を行かせるのも安心だと思っていたが、決してそうではない。以前長男が出入りしていた教会のオラトリオには、南米系の子供が多く(それで先入観を持たれても困るが)中高生でナイフを持ち歩いている子が多かったし、何度も喧嘩に巻き込まれ、オラトリオのガラスも割られた。

 

日本の子供達同様、習い事で忙しい子はオラトリオなんぞに来ない。なのに、なぜ私はそこでボランティアをするのだろう?(しかも、めっちゃ忙しいんですが!)なのになぜ、問題児にイライラ、モヤモヤ感を感じながらそこにいるのだろうか?

 

疑問と葛藤が残った。

 

2週間前、カテキズモをしている子供と保護者のための催し物があり、その後ミサにあずかったが、祭壇後ろ、つまり聖歌隊の私達の後ろのイタリア人の保護者たちのおしゃべりと笑いがうるさいのなんのって、ミサに集中できない。「子供より保護者の方が最悪です!」司祭へ文句を言いに行くと、苦笑いして、どうやって注意するか、その方法が問題なんだよ、と言う。今や、司祭も保護者を気にして発言する時代なのか?

 

信仰、信仰といって儀式が終わった会場はゴミだらけ。それってどうよ!

 

どーも、モヤモヤし、憂鬱でたまらない...

 

32日前

海外での子育ての辛さや孤独感、そして喜びを分かち合ってきたママ友たちとは、ある意味”共同体”意識があるから、その後、距離や関係的にも離れても、やはりどこかに懐かしさが残るもの。(私の場合、一方的かもしれないが)

 

特に、子供達が通ったミラノのモンテッソーリ(幼稚園、小学校)には9年間通ったことになるが、その間、どれくらいの日本人家庭の人々と出会いと別れがあり、見送って来たことだろう。

 

ママ友母子たちの中では、帰国しても思い出探しに、再びミラノに旅行でやってくる方々が多い。そして、当時の友人として連絡をくれ、以前共につるんだ地域をはじめ、モンテッソーリに足を運ぶ。

 

今回も、お子さんの春休みを利用し、旅行にいらした母子と再会。帰国してちょうど10年なんだそうだ。一度だけ当時のグループで東京で再会したが、それでも7,8年ぶりだっただろうか。小さな頃のお嬢さんの面影しかなかったが、既に中学生になり、身長はお母さんを超えていた。(我が家の子達にも知らないうちに体重だけは超えられていたからなあ。笑)

 

朝9時に幼稚園の前で待ち合わせ。本来ローマから北上し、ヴェネチアから移動してきた前日に会う約束をしていたが、私が別の用事が入っていたのと、彼女達がギリギリまで「最後の晩餐」見学の時間帯が決まらなかったので、今朝に変更。お昼過ぎにはホテルを発ち、帰国という、ギリギリ最後のご対面。以前のイタリア人のママ友が現在モンテッソーリのセクレタリーなので、彼女にいえば内部見学も問題ないだろうと思っていたが、気づいたら当日。行き当たりばったり行くか?!当のお嬢さんは、外から見るだけでいいです。いきなり行ったら悪いし、恥ずかしい...と遠慮気味。駄目元でいってみましょう!といって入っていくと、オーナーが出てきて、事情を説明すると快く内部見学 を受け入れてくれた。

 

現在、校舎増設のため工事が行われているが、昔のままの間取り。当時の担任は既にいないが、他のクラスだった先生が一人だけ残っていた。さすがにプライバシー保護のため、内部の写真は撮れなかったが、私は久々のモンテッソーリ。懐かしかった。

 

その後、以前通い詰めたバールに行きたいと友人は言ったが、そこは昨年ついに潰れ、三分割され、ジェラテリアやビッレリア(ビール屋)などになったが、結局そこも潰れてしまった始末。少し離れたところのバールに行ったが、既にそこも中国人経営に変わっていた。一昨年前の「ミラノ万博」効果でかなりミラノも変わったが、便利に、そして綺麗に、近代的になったところもあれば、外国人がやたら増え、雰囲気が変わってきているところも多い。いいのか悪いのか...

 

そして、モンテッソーリと寄ったバールの目と鼻の先に、共通の日本人のお友達がいるので、連絡してみましょうか?と電話を入れようとしてみたが、あいにく彼女の電話番号が見つからず。(結局ローマ字入力ではなく、なぜか日本語で入力されていたことを後で気づいた)一か八か外から呼んでみましょうか?彼女の名前を外から叫んでみたが、反応なし。お出かけか...いや、ピアノのあるお部屋に電気がついている。絶対いますよ。しつこく大声で怒鳴ってみたら、ふと窓が開いたので、かけよって「Iさんが今来てくれてるんですよ〜」と言うと、すぐに出てきてくれた。友人のピアノの元生徒さんだったと勘違いしていたが、彼女たちは同じ沖縄出身だったことを思い出した。

 

「うわーっ嬉しい!」と彼女たち。友人との再会ほど嬉しいものはない。通りがかりの人にいきなり声をかけて、サンシーロをバックに記念写真を撮ってもらった。

 

私も帰国の度に元ミラノ組と集合する。苦しかったこと、悲しかったことも、後になれば笑顔で語れる。懐かしいね。いい時期だったね...と。努力や忍耐も無駄ではなかったと今だから分かるもの。毎年恒例になっている元ミラノ組の再会をまた期待している!!

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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