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ミラノの日常 第2弾

39日前
 

次男の中学の学年度末イベントである中世行列の当日となった。前日雨が降ったため、どうなることやら?と心配したが、朝目が覚めると快晴だった。

 

行列は9時45分開始予定であったが、ボランティアは8時集合。職種によっては、7時半集合もあった。

 

家庭科室に直行し、クラス分けした衣装を、男子生徒たちに、各更衣室に運んでもらう。そして、各クラスの名簿を見ながら、帽子やバッグ、杖、果物の入ったカゴ、盾などなど衣装の備品をチェックし、クラスの更衣室に持って行ってもらった。そして、私も衣装に着替えた。本来、貴婦人のはずだったが、膝丈が短く、町人の娘(?!)のよう。何か?

 

そして、いよいよ始まった。生徒によるオーケストと合唱から始まり、ダンスや旗手のパフォーマンス。

 

 

それから、パトカーが行列の先頭と最後尾について学校の周囲、数キロを歩いて回り始めた。

 旗手の次男は、行列の始まりから終わりまで、ずっと旗を振りっぱなし。かなり体力がいるそう。とはいえ、古武道の棒術と釵をやっていることが少しは役立っただろうか?笑

 

学校へ戻ると、速攻で洋服に着替え、グリルの手伝いに回る。

 

 
昨年は600個分のサラメッラと呼ばれるサルシッチャを焼いたものを挟んだパンを準備したが、途中で足りず、パンを数軒買いに走り回るというハプニングがあった。今年はパンを何個買ったのかは知らないが、昨年に比べるとパンが多少小さくなっていた。ちなみに、昨年は玉ねぎが大量に残ったが、今年は、早めに野菜類が終了。そして、またパンを買いに行ってもらうハプニングが起きた。ただ、ひたすらサルシッチャが焼けるのを待ち、パンに挟み、お客さんの希望の野菜やサルサをかけて紙に包んで渡すのだが、これまた結構楽しい。食べていいよ、と途中声をかけられたが、においと暑さで参ってしまい、ビールとワインを飲み続ける...これが最高なんだなあ。笑
 
最終的に、全て売り切ったところで終了。午後の3時だった。それから片付けが始まった。保護者も職員達もよく働き頭がさがる想い。
 
以前、子供達の野球のチームで一緒だった保護者やモンテッソーリ時代の人も多く在籍しており、どこへいっても近況報告ばかり。
 
そして、来週以降、再び家庭科室に戻った衣装350着の片付けについて担当教授と打ち合わせ、再び来週出かけなくてはならない。帰宅後、メンバーにwhatsAppで連絡を入れると、今日まで私と一緒に仕事ができてよかった、といてくれる人が数人いた。(泣ける〜!)
 
ああ、これで来年もまた、このイベントでは衣装係として奮闘することになるのだろう。ああ、それも次男のためなんだよ!と思いつつ、最終的には私の方が楽しんでいる。人生楽しんだもの勝ちだね!
41日前

   

 

紫陽花の季節になった。

 

日本にいた時は、紫陽花というと、梅雨時に咲くので嫌いだった。しかも、紫陽花は日当たりが苦手らしい、という記憶があり、「じめじめ」「暗い!」と勝手に思い込んでいた。

紫陽花の花は、植えてある土の酸性・アルカリ性によって、花の色が変るのは、有名だ。色素であるアントシアニンが、花に色がつき始めるにしたがって花の中で合成される補助色素、そして土中のアルミニウムの関係によって、花の色が決まるという。アルミニウムが吸収される(酸性)と花は青くなり、 アルミニウムが吸収されないと(アルカリ性)花は赤くなるという。

 

そして、紫陽花には驚くほど花言葉がある。「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「元気な女性」「あなたは美しいが冷淡だ」「無情」「浮気」「自慢家」「変節」「あなたは冷たい」「一家団欒」「家族の結びつき」などなど。

 

ちなみに、「辛抱強い愛情」に関しては、二度と会えない日本人妻への思いが花言葉になった説、としてシーボルトの話がある。鎖国時代の長崎に来日していたドイツ人医師シーボルトが国外追放になった時(シーボルト事件。1828年)、紫陽花を祖国に持ち帰り「オタクサ」と名付けた。この名前は、国外追放、再渡航禁止処分を受けたシーボルトが、彼が愛した日本人女性•楠本滝を思い名付けたと言われており、そこから「辛抱強い愛情」という花言葉が生まれたとか...耐え忍んで咲く花...うーん、おしんのようだ。

 

個人的には、白い紫陽花が好き。花言葉は「寛容」。色が変わる紫陽花が「映り気」であるのなら、変化を受け入れる「白」というのがあってもいいんじゃないだろうか。

 

ところで、バラのように、「綺麗な花にはトゲがある」というが、「綺麗な花には毒もある」そうで、紫陽花にも毒があるという。花というよりもそれは「葉」にあるそうだが、青酸系の毒だと言う。食べると痙攣や麻痺が起こり、最悪の場合は、死んでしまうこともあるという。殺傷力が綺麗な花にはあるというから、女性同様、見た目の美しだけを見ていたら、痛い目にあうんだな。痛いどころか死に至らしめるほどの猛毒。とはいえ、以前あった婚活女保険金殺人事件の犯人は、決して美人ではなかったんだな。そしてまた、よくこの話をするたび、あの”練炭女”と呼んでいる人がいたな。爆 (関係ないけど)

 

話はずれたが、実家の近所には、あじさい寺と呼ばれるほど、梅雨時になると千本を超える紫陽花が咲き始めるお寺がある。その時期に帰国できないので、見たことはないのだが、それはそれは圧巻だろう。

 

そしてこのミラノのアパートの敷地内の紫陽花も咲き出した。これから徐々に花をつけることだろう。けれど、紫陽花といえば、やはり「梅雨」「雨」。情緒たっぷり七変化を楽しみたいな〜。


http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11287486219.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12185333443.html

 

42日前

 

同じパロッキアのマッテオ(19歳)君のブログのご紹介。彼は脳性麻痺により、歩くことも、話すこともできないが、母親が作ったパソコンのキーボードの配列を示した大きなボードを指差し、それを母親がコンピューターで打つという共同作業によって、ブログを発信している。

 

彼には、言葉という言葉を口に出せなくても、「思考」「意思」「意見」はあるわけで、彼の意見に時に涙し、時に励まされる。葛藤や悩みも人並みにあるだろうが、弱音を吐かず逆に力をもらえる。勇気をもらえる。そんなマッテオのブログを少しずつ紹介していきたいと思う。

 

「思いは世界を変える」

 

僕の体は常に虚弱だ。けれど、僕の思い•思考は常に強い。思いはすべてのこと、そして肉体よりも生き残る。なぜなら、思いは、地球上のこの地で僕たちの使命を成し遂げる方法だからだ。だから、世界のために何かをする可能性はないとは決して言えない。それは常にある。なぜなら思いは常に存在しているからだ。また、それは大きな苦労の中にもある。思いは、常に存続し、常に世界に希望を与える。

 

僕は、人生において沢山考えることができ、僕の思いを、直接知らなくても、読んで理解してくれる多くの人に伝えられることが嬉しい。今、多くの人が見えるものだけを、肉体にとどまるものだけを見るのではなく、共通のことを(?)を考えるようになったことがわかる。

 

僕の思いが、多くの場所に、そして多くの人の心に行き、そしてもし可能ならそれをまた君達が選ぶ遠くの場所へ運び伝えるよう進めてほしい。

 

https://matteonassigh.com/2017/05/01/il-pensiero-cambia-il-mondo/

http://ameblo.jp/sofiamilano/theme-10101941455.html

43日前

自分でもわけわからなくなるほど、多忙な学年末を過ごしている。

 

誰のために、何のためにしているのか?常に意識をしていないと流されてしまう...ちょっと待ってよ~、誰にともなく、独り言。しかし、誰も待ってくれない。苦笑

 

夏のオラトリオの打ち合わせが行われ、気づいたら責任者。あちゃ~。私、毎日出るんですか?それじゃあ(って駆け引きではないけれど)聖歌の選曲はいつまでしなきゃいけないんですか?司祭に文句をいうと、別室に呼ばれ、実は内緒なんだが....と小声で、僕は秋に移動することになった。なので、音楽担当のシスターを支えてほしいと言われる。えっ?!私は逃げられないんですか?ますますドツボにはまっていってしまう。もう私は飽和状態なんですが。

 

そして、これまた気づくと毎日次男の学校へ顔を出している。今週末に行われる学校及び地域の最大のイベントである中世を再現した行列の衣装準備だ。マントは39着準備し、衣装のお直し、また生徒や教授軍への衣装選びのアシスト。男子学生に「デザイナーですか?」と聞かれた。嬉しいね〜。突飛な格好してるもんね。苦笑

 

そんな中、ミレナがやってきた。彼女とは20年ぶりの再会である。

(21年前)

 

彼女と出会ったのは、彼女が23歳、私が24歳の秋。ヴァンクーヴァーのUBC内での語学学校で会った。すでに27年が経とうとしている。

 

彼女とは取ったコースも違うし、共通の友達もいなかったが、彼女から"Hi, girls!!" と声をかけられた。明るいメキシコ人で、ぽちゃっと愛嬌があって、本当にかわいい子だった。ある時、住むところを探している言われ、私がホームステイしていたホストマザーに尋ねると、彼女の趣味でアジア系の学生が多く滞在していたが、メキシカンもいいわね~と言うことで、即受け入れることになり、3ヶ月くらい一緒に過ごしただろうか?とはいえ、彼女はいつも出かけて家にいないことが多かったような気がする。スペイン語しか話せないお母さんが、しょっちゅう彼女の不在時に電話をしてきて、困ってしまい、「今ミレナはいません。」というフレーズ”lo siento Milena non estas aqui"のスペイン語を教えてもらい、毎回そう答えていた。

 

その後、彼女は、当時東京出身の在日韓国人の彼氏を追いかけて来日。いろいろあって、別れてしまったが、それから東京に駐在で来ていたアメリカ人の男性と知り合った。これまたいろいろあって、終止符を打ちついに帰国。それから私は彼女を訪ねてメキシコはグアダラハラを訪ね、数日そこから離れた海へ出かけている間、元彼のアメリカ人から連絡が入り、私が旅行を終え、帰国してから彼に彼女の写真を大量に送った(自らしたのか、頼まれてしたのかは記憶にない)ことで再び火がつき、彼女は東京へ戻り、のち結婚。グアダラハラで行われた結婚式には我が夫婦も出席。我が家よりも1、2歳ずつ大きい、やはり3人の子供に恵まれ、東京に11年、その後台湾に1 2年滞在し、アメリカはシカゴへ戻った。

 

長女のFちゃんとは生まれてから3回ほど東京であっただろうか?我が家の長女も生まれた時に、彼女が実家に来てくれ、やはり2回会っている。

 

今回そのFちゃんが大学の研修でマドリッドに5ヶ月間滞在しており、コースが終了したということで、ミレナがマドリッドに渡り、イタリアを経由して戻ることになり、是非是非会いましょう、ということになった。(前置き長い!)

 

彼女とは20年ぶり。ちょっと待って...会話はもしや英語?ギリギリになって焦り出した。もう何年も英語なんて話してないし...どうすんの!実は、当時のホストマザーがFBで友人になっており、スカイプで話そう!と何度も言われたけれど、「ムーリー。英語が出てこないし...」と断ると、「あらっ初めてあった時もそうだったじゃない?」と言われたが、その時よりも完全に悪化しているし、時によっては英語とイタリア語の発音までがごっちゃ混ぜになってしまうのだ。そりゃまずいでしょ。

 

ミレナとは、messengerでやりとりしていたが、何時にミラノ入りかわからない!なので、その日の予定も立てられない。思い立って、聞いていた彼女の宿泊先に電話を入れたら、ちょうど到着したとのこと。すぐに電話で話せたのだが、まー、単語はでてこない、しどろもどろの英語。ごめん、ごめん。と言いながら夕方ドウモ前で待ち合わせ。

 

私は5分前に到着。彼女は約束の10分後到着。27年前と一緒。私がキョロキョロ周りを見回していると、遠くから"T子〜!!”と呼ばれ、気づいたと同時に、お互い走り抱き合って二人で泣いてしまった。お互い腕をさすり、変わってないね〜と言い合う。20年ぶりだが、27年前、二人とも海外で子育てをするなんて思ってもいなかったし、しかも誰がお互い3人の子持ちになると想像できただろうか?

 

お互いの近況はFB上で何気にわかるが、普段はどういった活動をしているか歩きながら報告しあった。スフォルツェスコ城の前の噴水に腰掛けながらしばらくおしゃべりをし、城の中に入った。スフォルツェスコ城の歴史を聞かれたが、ミラノに長く住んでいる割りに、.....。正直答えられず。おかしいなあ、数年前にItamaの生徒を連れて、見学してちゃんと城の歴史云々勉強したのになあ。次男が横で説明し、それを私が、しどろもどろの英語で説明する。「オ母サン、ダメネ。」まだ覚えている片言の日本語で次男に話しかける。

 

その後、レストランへ移動。あんなに英語ができなくて、困った、困った...と思ったが、一度話し始めるとなんとなく感覚が戻って来る。いろいろな思い出や近況などを話した。

 

本来なら、これから移動するヴェネチアやローマに同行したいくらいだったが、どう考えてもこの時期は無理。また会うことを約束し、別れた。次は、子供達も一緒に家族で会いたい。

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12267440017.html

44日前

 

 

5月1日

San Giuseppe dia ai giovani la capacità di sognare, di rischiare per le cose grandi, le cose che Dio sogna su di noi.

聖ヨセフ、どうか若者たちに夢を見る力を、そして神がわたしたちのために夢を見るような大きな仕事をするために、危険を恐れず挑戦する力をお与えください。

 

 

5月2日

Facciamo crescere la fraternità e la condivisione: è la collaborazione che aiuta a costruire società migliori e pacifiche.
兄弟愛と分かち合いを育て上げましょう。それは、より良い平和的な社会を築くために役立ちます。

 

 

5月3日

Il nostro atteggiamento sia mite e umile, attento alla cura dei poveri.
私たちの振る舞いは穏やかで柔和で、そして貧しい人たちに対する配慮が細かくありますように。

 

 

5月4日

Lasciamoci sorprendere dalla novità che solo Cristo può dare. Che la sua tenerezza e il suo amore muovano i nostri passi.

キリストだけが与えることのできる新しさに驚かされるにままにいましょう。彼の優しさと愛が私たちの歩みを導いて下さいますように。

 

 

5月5日

Attraverso i tempi, il Risorto non si stanca di cercare noi, suoi fratelli smarriti nei deserti del mondo.
時代をわたり、復活されたキリストは世の砂漠の中さまようご自分の兄弟姉妹たちを探し続け、疲れることはありません。

 

 

5月6日

Rallegrati, perché la tua vita nasconde un germe di risurrezione, un’offerta di vita che attende il risveglio!
喜びましょう。あなたの命には、目覚めることを待っている命の申し入れである『復活の種』が隠されています。

 

 

5月7日

Lasciamoci provocare dalle parole e dai gesti di Gesù, accogliamo da Lui una vita pienamente umana, lieta di spendersi nell’amore.
イエスの言動に導びかれながら、また完全に人間らしく、愛の中で過ごす喜びを受け入れましょう。

 

 

5月9日

Tutti hanno un contributo da dare alla società, nessuno è escluso dall’apportare qualcosa per il bene di tutti.
誰もが社会に何か提供するものをもっています。すべての人の善のために何かを貢献できない人は誰もいません。

 

 

5月10日

Dio è più grande del nulla, e basta solo una candela accesa per vincere la più oscura delle notti.
神は何においても偉大な方。夜の闇に打ち勝つために、ろうそくを灯すだけで十分です。

 

 

5月12日

Chiedo a tutti di unirsi a me, come pellegrini di speranza e di pace: le vostre mani in preghiera continuino a sostenere le mie.
希望と平和の巡礼者として、私ともに一緒に祈ってください。: 祈りの手が私を支え続けてくださいますように。

 

 

5月13日

Ogni volta che guardiamo a Maria torniamo a credere nella forza rivoluzionaria della tenerezza e dell’affetto.
聖母マリアを見つめるたびに、優しさと愛情の革新的な力を信じることに立ち戻ります。

 

 

5月14日

Fatima è soprattutto il manto di Luce che ci copre quando ci rifugiamo sotto la protezione della Vergine Madre per chiederLe: mostraci Gesù.

ファティマは、イエスを示してください、といっておとめマリアに保護を求めるとき,光のマントで私たちを包んでくださいます。

 

 

5月15日

Per seguire fedelmente Gesù, chiediamo la grazia di farlo non a parole ma nei fatti, e di avere la pazienza di sopportare la nostra croce.
イエスに忠実に従うために、言葉ではなく行為で、そして私たちの十字架を担う忍耐を持つ恵みを求めましょう。

 

PapaFrancesco@Pontefix_it

 

〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜·〜

 

 

5月は「聖母マリア」に捧げる月。

 

パパ様は、5月10日の一般謁見にて「希望の母」としてマリア様に注目し、言及された。 

 

ご自分の身に何が起こるか理解できなくても、全ての言葉、全ての出来事を心の留め(あえていうなら「呑み込む」)”Fiat"「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」とマリア様は、神への従順の長い道のりの始まりであったことだろう。 マリア様の生き方は、「忠実」そのものであった。

 

そして、イエスの受難を前に、そして息を引き取られた十字架のそばでただ”Stabat"「立っていた」(ヨハネ19:25)とある。その感情は一切表現されていないが、子供の使命を理解できずも死を見つけ、苦しみを受け入れ、神を一途に信頼する。母親であれば、子供を身ごもり、母となる喜びを感じる時、必ずこの子のためならなんでもできる、という確信が起こる。それは母親としての本能なのだろう。きっとマリア様も神への忠実と母親の本能が"Fiat”に含まれているのだと思う。

 

 主の復活の光に包まれて、教会が誕生した日、私たちはイエスの弟子たちの共同体の中に「希望の母」としてマリア様を再び見ることができる。パパ様は、「マリアは私たちに、虚無的状況においても待つことを教え、世の悪の前に神が隠されたように見える時でも、神の神秘に常に信頼することを教えてくれる」とおっしゃった。

 

 マリア様に倣い、また、私たちも困難にある時、いつも歩みを支えてくださるよう、マリア様に祈りたい。

ミラノの日常 第2弾

作者:ミラノのそふぃあ

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで19年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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