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パドヴァのとっておき。

1年以上
久しぶりにヴェネツィアの離島、サンテラズモ島へ。数年前から何かと(無理やり)お世話になっている一家のもとを訪問。

図々しくも押しかけるのだが、いつも暖かく変わらない態度で接してくれる3世帯一家。我が娘と同い年の男の子の成長も、我が子のように微笑ましく。この日は娘と一緒にくるものだと思って待ち構えていたこの子、私が一人で歩いて近ずいてきたのを見て、ひじょーに残念な声をあげた…ごめんー。

とはいうものの、いつものように、彼らの物置に転がっている(失礼な言い方だが、ほんとにそんな感じ)自転車を借りて、島巡り。この日は、8歳になったこの男、ルーベンヌくんの先導により、あっちに寄り道こっちに寄り道しながらの島旅となった。

目指す目的は、彼らの所有するカルチョッフィ(アーティチョーク)の畑。この島は、カルチョッフィの若いつぼみを成長する前に刈り取る、カステラウーラと呼ばれる名産品のメッカだ。

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近頃の市場をみると、小さければカステラウーラという名を冠してこの時期もうすでに売られているのだが、ここら辺のホンモノは、ここ、サンテラズモ島のもの。季節はもう少し先、4月に入ってからであるので、今のシーズンのものは、値段をつけるためだけのもの、と頑固に思っている。
実際、それらを売る八百屋だって、平気で「ヴェネツィアの…」という輩までいるのだから。

今の畑はまだ株の高さも低くて、根の周辺には、寒さから守るために盛られた土がこんもりとしている。しばらくすると春の気候をより感じさせるために、畑の土をならして、収穫準備に入る。

植物は正直だから、気候を素早く素直にキャッチし、自分のつけるべき実を太らせ熟させるために、どんどんと栄養を吸収して、どんどんと成長する。私たちはその自然の恵みのおすそ分けを有り難く頂戴する、というわけだ。

彼らはこのカルチョッフィの畑以外にも、ヴェネツィア本島の人々、レストランに卸すための季節の野菜を生産する。
この時期は、春の種植え、苗植えにむけて、少し静かな時期。少しずつ少しずつ土を準備し、順々に作業を進めていく。

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この日は、ピゼッリ(グリンピース)の種植えの作業中。島ならでは特有のミネラル分たっぷりの土の栄養を吸収して、美味しいピゼッリの収穫を迎えるのが今から楽しみ。

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小さな島だが、島内にて土の状態が異なり、砂地で塩分の強い土地と、泥池でしっかりと根付く野菜が適した土地とが点在している。この土の状態を見ながら、植苗・植種を計画する。

それにしても、特異な地形。ラグーナに浮かぶ島に並ぶカルチョッフィ、ぶどうの木…ここでしか見られない光景。

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そして、彼らの暮らしもとってもシンプル。ここはどこにいるんだっけ…?と一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる錯覚さえ覚える。

彼らに分かれを告げてヴェネツィアに戻り、また観光客いっぱいの狭い路地を歩き始めると途端に現実に戻ったりする…

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1年以上
数年前に初めて訪れてから、現在まで数回再訪している同カンティーナ。ヴェネトを代表する赤ワイン、ヴァルポリチェッラとアマローネの超代表格カンティーナである。

ぶどうを収穫してから数ヶ月間影干しにし、果実の糖度を高めてからワイン製造に入り、大きな木樽にて数年間の熟成を経て、一本のアマローネが完成する。この製法はこの土地に長らく根付いたものであるが、これをアマローネとして製法自体を、そしてアマローネを世間に知られる高級ワインとしてその価値を確立したのが、『アマローネの父』と称される、今は亡き、ジュセッペ・クインタレッリ氏。
現在は彼のお孫さんであるフランチェスコさんが主導となって、ワイン造りが続けられている。

同カンティーナはヴェローナの町の北側、パレッタ山(Monte Paletta)の山麓に位置する。ネグラル(Negrar)と呼ばれる、ヴァルポリチェッラの一大有名地。

保持する畑は12ha。カンティーナ周辺にも畑が広がり、ヴェネトでよく見られるペルゴラ(Pergola Veronese)とグヨット(Guyot)の2種を用いて整木がなされている。比較的古い木と新しい木との違いでもわかる。

ここ数年、カンティーナは大改装工事がなされている最中だが、地下のカンティーナに降りると、おなじみの大きな大きな樽が整然と並ぶ。

同カンティーナのシンボルでもあるこの樽。

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そして、ジュセッペさんに授かった4人の娘さんを表現したもの。

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今回カンティーナを訪問して、とても感動的なのが、これからレチョトになるぶどうがまだアッパシメント(干して水分を抜き、糖分を凝縮する過程)の段階で広げられていたこと。

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アマローネ用のものは、この数日前に作業に入ったそうだが、レチョトには、この後数日後の作業を控え、まだ棚に乗せられていたもの。干している期間は4-5ヶ月間、その後醸造作業に入り、8-10年の歳月をかけて完成する、という貴重なものだ。

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この土地のこの赤ワインを作り上げる3大ブドウ品種、コルヴィーナ、コルヴィオーネ、ロンデッラと、それぞれ品種ごとに、細い竹の棚に広げて干される。圧巻な光景だ。

そして、フランチェスコさんにより、デグスタツィオーネ(試飲)をさせていただく。

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唯一の白ワインである”ビアンコ・セッコ(bianoco secco)”から、1年間熟成の”プリモ・フィオーレ(primo fiore)”を経て、”ヴァルポリチェッラ・クラッシコ(Valpolicella Classico Superiore)”へ、と。

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個人的には、このヴァルポリチェッラが非常に好み。ヴァルポリチェッラとして、感動を覚える一本。

そして、アマローネとは同製法をとられるものの、ぶどうが不出来と判断された年のいわゆるアマローネである、ジュセッペの愛称を冠した”ベッピ(Bepi)” 、そしていよいよ“アマローネ・クラッシコ(Amarone della Valpolicella Classico)” 。最後は “レチョト・クラッシコ(Recioto della Valpoliella Classico)”。

貫禄あるその香りは、口に入れた際に、そして後の香りも複雑かつ奥深し。そして、感動的。




1年以上
ヴェネト州の南側は、パダーナ平原を有する雄大な平原地帯が広がる。ヴェローナ県南部、ロンバルディア州マントヴァ近郊付近との境界を有する地域は、広大な田園風景の広がる米作地帯として知られている。

イーゾラ・デッラ・スカーラ(Isola della Scala)を代表とする、この土地の銘柄が、ヴィアノーネナーノ種だ。
地域呼称である、I.G.P (Indicazione Geografica Protetta)の認証も受けるこの品種は、イタリア国内でも、その90%がこの地域内で生産される、非常に地域性の強い産物。

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この産地呼称の認証をうけるためには、様々な規定をクリアしていなければならないのだが、大きくわかりやすい特徴の最たるものが、この土地の清水。地中から自然に湧き出る湧き水を利用した水稲栽培にて、土地ならではの産物が生まれる。

ここは、この土地で何十軒もある米生産業者のなかで、最も有名といわれるFerron社。ここにも、澄んだ水の水源がある。年間を通じて水温は12℃ほど。自然の偉大なる恵み。

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そして、この土地の米つくりに必要なのは、鯉。鯉が放し飼いされており、水中に住み、稲に被害を与える害虫などを食べる。チョウザメも同様に飼われていて、鯉と同様な働きをする。
1シーズンが終わると魚はリゾットの具材になるそうだ。

さて、このFerron社では、昔ながら、1600年代から続く脱穀現場を見学者に解放している。直径7.5mにもなる水車の力を原動力とした作業小屋。

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こちらは木槌にての脱穀機。同社の即売所には、他には出回ることのない、この木槌脱穀の米を購入することができる。

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そして、見学の後は、同社のお抱えシェフによる、リゾットの試食件昼食。

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素敵な解放的なキッチンにて、3種のリゾットを食べさせてくれる。最初の2種は季節によって。この日は、赤カブのリゾットにゴルゴンゾーラのソースを添えたものと、

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かぼちゃのリゾット。仕上げにアマローネの濃縮したものを風味づけに。

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そして、3種めは、この土地の名物リゾットであるリゾット・デッリゾラーナRisotto dell’Isolanaだ。
子牛と豚のミンチ肉を野菜とローズマリーと一緒にしっかり炒めたものを具材とする。

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ここで大切なのは、米の調理方法。通常、リゾットは、米を炒めて熱いブロード(だし)を少しづつ加えていくもの。しかし、ここでは、ブロードは、一気に加える。おまけに調理中は蓋を閉めたまま。日本の米を炊くような感覚だ。

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米に火が入った頃合いを見はかり、予め火の入っている具材を投入。火からおろしてバターとおろしたグラーナを加えて丁寧にマンテカート(攪拌)する。これで、仕上がり。

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この土地でのリゾットというと、このイーゾラ風リゾットでなくとも、全てがこの方法で米に火を入れていく。とても個性的だ。

ヴィアノーネ・ナーノ種の特徴はアミロース度が低いこと。従ってクリーミーな仕上がりのリゾットができる。粘りが強め、ということだ。カルナローリ種のアミロースが24%であるとすると、ヴィアローネ・ナーノは21%。ちなみに日本米のコシヒカリでは、16%という。

ここヴェネトに住んで、以前からこの米贔屓ではあったが、ここを訪れて、もはやすっかり贔屓というよりも虜に近くなった。
平原を広大に広がる田園に苗が植えられ、水が張られた時期に、必ず再訪したい。

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1年以上
旬を迎えたラディッキオのサグラ(収穫祭)は順を追って各地で開催されている。この時期は、トレヴィーゾ県の産地、ゼロブランコという町での開催。毎年1月初旬から中旬の週末を含めた2週間が会期となっている。

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各地でのサグラは各自治体の持つProLocoという、地元の観光振興機関が主になり行われ、各サグラでの趣向の凝らし方も任されている。
このゼロブランコの会場の作りは、例年、会場となる仮設大テントの入り口に、ラディッキオの生産工程の順を追った様子が再現されている。

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種まき、畑での生育、収穫、浸水作業、出荷までの作業が見られるのだが、それらの表示が、イタリア語ではなくて完全に地元の言葉で書かれているところもまた面白い。

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メイン会場は、大食堂と化す。
どれもラディッキオをベースとしたメニューの数々。

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ラディッキオのグリルとフリット。

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リゾットや、ラディッキオを混ぜ込んだチーズなど。地元ならでは、ラディッキオならではのベーシックだけれど、皆が好んで食べるものばかり。

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ほか、地元の業者の展示即売等々の露店も並ぶ。

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11月から出荷の始まるラディッキオだが、1月、2月が最も美味しくなる季節。まさしく旬。

毎年、やはり気候の変化や異常気象などで何かしらの変化や問題がある。自然の力に頼る農作物にはつきもののの問題。
そんななか、旬の味をいつものように、恒例の行事が開かれ、そこに人が集う。生産物、生産者はじめ関係者、そしてそれを消費する人々…全てが揃っての収穫祭の有り難さだ。



1年以上
パドヴァからヴェネツィア方面に向かい、ヴェネツィア県のはじめの町、ストラにある貴族の館。

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ヴェネツィア共和国時代、1300年代に商人(ヴェネツィアの貴族はイコール商人でもある)として、それもヴェネツィアでも力のある代表的な一族であるピサーニ家によるもの。1400年代に入り、その時代のヴェネツィアの他貴族と同様に、本土、いわゆるテッラ・フェルマに移動してきて、そこに大きな別荘、または邸宅を広大な敷地に建てる、という風潮にのり、パドヴァの土地に建てた邸宅だ。

建物の完成は1700年。ピサーニ家が最も繁栄した時代に当主としていたのは、アルヴィーゼ・ピサーニ(Alvise Pisani)。彼がヴェネツィア総督となったのが1735年であるから、まさしく一族の栄華の結晶ともいえる。

ただし、この時代は、ヴェネツィア共和国終焉が見えていた時期でもある。最終的には同国を降伏させたナポレオン・ボナパルトの手に渡る。それが1807年。ヴェネツィア共和国がナポレオン率いるフランス軍の手により崩壊したのが1979年。

ちなみに、同邸宅には、ナポレオンが宿泊した部屋が残されており、使用したベットもある。ただし、ナポレオンは決して横になって眠ることがなかった、と言われており、枕を高く重ねて背もたれにして、靴をはいたままだった、と聞く。

こうして、王族の持ち物となったこの建物は、その後もオフィシャルな客人を招くこととなる。オーストリア王女マリアンナ・カロリーナ、スペイン王カルロIV世、ロシア皇帝アレッサンドロI世、ナポリ王国王フェルナンドII世、ギリシャ国王オットーネ…等々。

これは、モデナ公国王女が宿泊した部屋。

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この時代の浴室や…

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晩餐用のテーブルセットには、贅沢な空気が感じられて、この時代にこのテーブルに座った人たちはどんなだったのだろう…と想う。

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とはいえ、だんだんとその機能もなくなり、邸がさびれてくる一方となったところで、1884年に博物館として邸の修復及び保存がなされる。

その後は、詩人ワーグナーなどの文豪家、ムッソリーニやヒトラーなどの時の政治家なども同邸を訪れている。

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壁画で有名なのは、舞踏用の大広間の天井に描かれたティエポロ画。ピサーニ家の栄華が題材とされている。

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この部屋には、この時代に建てられた多くの郊外邸宅に見られるような壁に描かれただまし絵的な技法も。部屋を大きく見せるために、壁に直接柱や窓が描かれ、遠近法をつかって、うまく奥行きのあるように見える。

邸の裏手には、大きな庭園が。正面に見える堀と向こうに立つ建物の美しさ。ピサーニ邸の贅沢さを象徴するような庭だ。正面の大きな建物は、この堀との風景の対象のために造られたものにて、実際の機能はほとんどない、という。

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邸宅を逆方向からみると…

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この庭園の周囲(もちろん邸宅敷地内)には、奥に柑橘の苗のコレクションのある小庭園、植え込みの迷路があったりする。冬場の現在は、閉ざされているが。

この邸の建つ位置は、ブレンタ河岸。この河は、ヴェネツィアからパドヴァを結ぶ重要な水の流れ。商業的な意味もあるが、特にここをヴェネツィアの貴族達を夢中にしたのは、その流れの穏やかさと、長く続く河岸の美しさ。

ヴェネツィア共和国の数多くの貴族が、この河辺にこぞって邸宅を建築した。それは、自宅または別荘として使われるのだが、とにかく、水路が交通手段の中心であった時代。水面を正面に建てられるそれらは、その正面玄関を豪華に、美しく造り上げることで、その一族の裕福さを露呈するための手段でもあった。

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河辺の景観を保つためにも、ヴェネツィア政府は、貴族のみがこの河辺に建物を建ててもよい、という条例が発せられてもいた。そして、この河辺に多くたつ、この時代の建物は、ヴィッラ・ヴェネタといって、他ヴェネト州に点在する約40点の美しい建物とともに保存の対象となっている。

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ヴェネトの栄華はヴェネツィアの栄華でもある。晴朗きわまる所=セレニッシマという異名も持つ、ヴェネツィア共和国の、当時の伝統や文化、慣習は現在でも脈々としている。

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Museo Nazionale di Villa Pisani
Via Doge Pisani 7 - 30039 Stra (Venezia)


パドヴァのとっておき。

作者:akishirahama

パドヴァのとっておき。

ヴェネト州パドヴァより、食情報を中心に日々のできごとなどを綴っています。
現地シェフとの料理教室、ヴェネトの知られざるスポットなどへのお伴なども。

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